« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »

2010/07/28

私があんまりTwitterを好きになれない訳

ふと見た記事にそのことが正に書いてあったので引用しておく。

リンク: Twitterに新たな正念場--サイト障害から考える今後の進むべき道 - page4 - CNET Japan.

問題になるのはむしろ、その背後にある哲学だ。つまり、非常に重要な通信プロトコルが(それによって広められるのが地震被害者からの援助の要請であれ、サッカーファンの落胆の叫びであれ)、たった1つの企業によって管理されるのが道理にかなっているのか、あるいは正しいことなのかどうかだ。

私はこの点において強く否定的な立場をとっているわけだ。
“哲学”という表現の通り、これは個人的な主観であり、人によって大きく違うと思う。
Webやメールといった、長く生き残っている仕掛けは、いずれも個人ですら管理できるものである。
Webというのは掲示板等も含まれる。ブログも同レベルだろう。
例えば私個人でも、自宅にPCを置き、Linux上にApacheやPostfixといったアプリケーションを走らせることでWebやメールのホストを構築できる。
さらにWebシステム上で掲示板やらブログやらWikiやらを構築し掌握できる。
これらは企業単位で行っているところもあるし、まさに個人や個人経営のレベルでホスティングサービスをしているところなどと多種多彩だ。

これと違っているのではSkypeという音声通話サービスがある。
管理的にはTwitterと似て中央集権的なところはどうしてもあるが(電話番号の管理が必要だから)、実態はかなり分散したシステムで運営されている。
いくらユーザーが増えても中央の負荷がほとんど変わらないように巧妙に仕掛けがつくられているのだ。
インターネットでも名前引き(DNS)という仕掛けがあるが、DNSを実現するサーバーもある程度は中央集権的だが、実際に末端のユーザーがアクセスするのはそこから分散して、例えばそのユーザーが利用しているプロバイダのサーバーとなる。

こういう仕掛けの最もよいところは、仮に不具合が生じてもその“被害”はごく限定的であるところだ。
ネットのいいところは一部が仮に死んでも全体としては生きている、というところだと思っている。
掲示板で言えばあるところがシステムダウンしても全く違うホストで運営されている掲示板を利用すればまったく問題が無い。

複数のプロバイダを利用していれば、仮にひとつのプロバイダがシステムダウンしても、別のプロバイダにアクセスすればなんら問題はない。
回線すら複数持てるわけで、今の時代なら仮に有線系が全滅でも、無線でアクセスできるかもしれない。

あとはTwitterの収益モデルがいまいちわからないというところがある。
どんなものでも金が要る。
私が興味が無いから積極的に調べていないというところもあるのだが。

まあ、これからTwitterがどうなっていくかは興味深いところはある。
なんだかんだいってあと一年くらい経ってもTwitterが生き延びていたら手を出すかもしれない。
とりとめも無い話になってしまったがそんな感じである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

電子書籍

iPadやらKindleに続いて、ということになろうがシャープ事業参入とかいう記事がある。
前二つに対して、(まあ、国内で過去になされた電子書籍もそうなのだが、)じゃあ、どこの出版社から、いや、どういう書籍が出るの?というところが置き去りにされているのが、ああ、今回もか、という疑念を抱かせる。
当たり前なのだが、“電子書籍リーダー”が欲しいなんて奴はそもそもいない。
欲しいのは書籍そのものであり、その内容なのであって、リーダーなんかはメディアプレイヤーに過ぎない。

iPadはiTunes/iPod/iPhoneでみせた音楽コンテンツ販売の実績から書籍でも“本気”を出してくれるのではというApple社への期待感がある。
Kindleは(書籍を含め)オンライン販売(ネット流通)のトップクラスであるAmazonへの期待感がある。
ではシャープにはなにがあるか。あるとすれば携帯電話メーカーとしての実績、だろう。
今回の参入では携帯電話で実績を挙げたフォーマットを中心にしての話のようだが、どうなのか。

フォーマットを提示して、タブレットを発表して、あとは(誰かに)任せた、なのだろうか。
ではそれを受けるのは誰なのだろうか。
出版社や作家などを口説きにいっていないのだろうか。
大日本印刷とか、小学館とか、講談社とか、大手新聞社とか、とりあえず賛成の声を得ている、とかならまだしも、そういう雰囲気さえも無い。

iTunes(iTMS)の時ではジョブスが頑なな音楽業界を口説きにまわったという。
日本でもそうだ。あれだけネット販売に抵抗感をみせていた日本の音楽業界が折れて楽曲を提供しているのも、世の流れ、という安易な話ではなく、Apple社の口説きが大きかったといわれている。

携帯電話なら携帯電話業者、テレビやビデオなら放送局、パソコンならマイクロソフトとその周辺。
コンテンツについては他者任せなのが日本のハードメーカーの悪いところであり、米国に負けるウィークポイントになっているのが現実だ。
また、フォーマットとしては既に業界に別のものがあるにも関わらず“後出し”であるという。
優位点として挙げられるのは日本語にとって必要な仕様である。
逆に言えば英語圏では単なる“後出し”規格である。
こういうものがグローバルスタンダードである(というか英語圏で通用するかという)必然、があるのかというところもあるが、それでも説得力が弱くなってしまう。

まあ、タブレットは確実に失敗するだろう。
それとは別に携帯電話での書籍販売、特に最近はVGA超の携帯電話、スマートフォンもかなり増えており、まずはそこで実績を作るように頑張って欲しいと思っている。

日本の音楽配信も着メロ、着メロフルといった経緯での実績があってのことはないだろうか。
最近はもうCDシングルを買うことも、レンタルさえもせずに着メロフルダウンロード購入、のようだ。
CDランキングよりも着メロランキングのほうが評価・宣伝に使われるくらいだ。

日本では良くも悪くも携帯電話がコンテンツプレイヤーになっている。
書籍(有料のまとまった情報)というのはこれからの携帯電話の主要コンテンツとならないほうがおかしい。
タブレットなぞに金を払う物好きはほとんどいないだろうが、携帯電話での付加機能であれば受け入れられるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/07/22

参議院選挙民主党“大敗”?

マスコミはやたら大敗と煽っており、いまだにやっている。
民主大敗なのだろうか。
確かに参院での民主過半数は割れたがそれだけのことで大敗というのはなんかおかしい。

まず、政党への投票である比例区をみてみる。
民主が得票数が一番多く、次点が自民党となっている。
つまり民主の勝利。

ではどこで負けたかというと地方選挙区となる。
2人区では民主と自民で分け合い、3人区以上では民主と自民と別の党。
つまりこの範疇では引き分け。
負けたのは一人区であり、特に首都圏から遠い地方が多い。
ここで差がついたことになる。

日本全部としては民主支持なのだが、地方では民主政治に対しての不満・問題点を感じている傾向にある、といえよう。

特徴的なのは東京での蓮舫候補。
立候補地元にほとんどいなく、他の選挙区を飛び回っていたそうだが、それでも段トツのトップ当選。
これはとりもなおさず事業仕分けの功績が評価され、さらに継続を望んでいるという現われであろう。

一方で神奈川選挙区での千葉候補。
現役閣僚の落選という事態になった。
しかももうひとりの民主候補はしっかりと当選している。
つまり民主云々ではなく、その候補以下であるという評価をされたわけである。
法務大臣でありながら死刑反対論者であり死刑判決の承認をしなかったらしい。
また、人権法案では異論噴出し、法案や制度上の様々な危険性が指摘されながらも強行して推進していた。
それらの“実績”が評価されて落選したという判断となろう。
驚くことにそれを総理が慰留したというのだからわけが分からない。
議員以外を閣僚にしてもよいが、国民からノーをつきつけられた人を、というのは神経を疑う。

大敗というよりは民主党に対するこの微妙な“審判”は、期待半分、失望半分といったところなのではないだろうか。
負けた理由に政治と金とかいっているがもういい加減風化している。
鳩山問題も所詮は稚拙な申告で罰金にて決着がついているし、小沢問題も検察が起訴できないレベルでありもうどうでもいい。
まあ、いちゃもんはいくらでもつけようがあるが、どうでもいい話だ。

それよりもこれからちゃんとやって欲しい、とりあえず方向性は自民よりは民主のほうが良いから頑張ってくれ、というところだろう。

しかし、民主も以前の自民のようにまた数の論理で“強行採決”などをやらかすものだから、国民は参議院での多数を拒絶したのではないだろうか。

現状では衆議院で強行採決しても、参議院で否決される。
つまりはきちんと審議をして、野党の一部でも味方をつける必要がでてくる。
強行などやったら参議院で猛反発で否決だろうから、衆議院での審議の段階からきちんとやらねばならなくなるだろう。

なお、大敗といいつつ議席数は大差はついておらず、その数はわずか11人である。
つまり反対のうち、差の半分以上の6人を賛成に転じさせればよいだけなのである。

ねじれ国会などといって何か問題のようにマスコミも煽っているが、本来は審議をきちんとするべきであり問題でもなんでもない。
そもそも民主主義はきちんと審議して、最終的には多数にて決めるべきことであるのはいうまでもない。
だから今回の結果はむしろ国民の判断としては絶妙だったのではないかと思える。
部分連合という言葉もでているが、法案ごとに野党の一部と協議して推進する、というのは本来は非常に良いことなのだと私は思う。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2010/07/21

「Kinect」149.99ドル

リンク: マイクロソフト、「Kinect」の価格を発表--149.99ドルは適切か? - CNET Japan.
適切も何も無いよなあ。
ありえない高い価格です。
まあ、普及させるつもりが毛頭ないというということでしょうな。

開発時点である程度の価格は検討されているはずだけれども、$150ということは$100はどう考えても切れないという感じだったとしか思えない。
デバイスのキモはカメラデバイスのはずで、そうするとそれが画期的に安くなるということは考えられない。
そうするとそんな価格で出すつもりで推進してきたということになる。

もともとがWiiのけん制のためのブラフみたいなもので、もう一年ほど引っ張ってもうそろそろ賞味期限が切れたのでってとこなのだろうか。
もちろん、技術開発的なところもあろうが。

SONYのもそうだけど、これでWiiを猛追!などと息巻いていたわりには(それは外野だけだったのかもしれないが)、すっかりと当て外れというか的外れというか。
しばらくしたらやっぱり普及どころのレベルではなくてなかったとこになるのでしょうか。

ちなみに別売り外部デバイスではWiiFitの“板”があるのですが、あれは
国内では300万台は超えたところまでは覚えているのだがそれ以降は不明というレベル。
あれも決して安くは無く8800円という価格なのだが、それはソフト込みの値段。
この普及をみてなのか、対応のゲームはちらほらと出ていた。
バンダイナムコのワールドスキーでは板の上で重心移動をするだけで滑れるためにすごく面白い。
両手をぶらーんとしながら遊べる感覚は面白い。
スノボーモードもあったりする。
もちろん普通にコントローラーでも遊べるのだが、面白さは別次元。

残念だなあ、という感じもする。
ソフト込みで2万となるとさすがにちょっとという感じがある。
対応ゲームが面白いのが出てくれればというところではあるが、敷居は高い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/07/15

iPadに勝つ以前の問題

リンク: 【元麻布春男の週刊PCホットライン】 iPadに勝つための条件.

水平分業モデルで、実際に起こっている最大の悪は「お互いに悪いところを押し付けあっている」ことだと思う。
垂直統合であれば全部が自分のところの責任なので改善を自らやらねばならない。

ところが水平分業だとこれはあちらさんの努力不足とかこっちの領分ではないとかともかく押し付けあって最終的な商品としてのレベルが低かったりする。

具体例を出そう。

割合うまくいっているはずのUSBデバイスですら、「一般消費者」に向けたレベルで言えば大きな欠陥がある。
これはWindowsOSの問題なのか、各ベンダーの責任なのか、それはおいておく。

理想で言えば、PCにUSBをさせば自動的に認識して勝手にどこからかデバイスドライバを取ってきてインストールが行われる、という状態だろう。
場合によれば既に入っているアプリケーションから使用できる場合もあろう。
スキャナーであればTWAIN規格に則っていて、TWAIN対応のグラフィックツールから取り込みができる、などである。

ところが現実では、USBをさす前に、CDからアプリケーションソフト(とデバイスドライバ)をインストールしてからUSBを挿すという順番が厳守である。
すぐに挿していいのはHIDかマスストレージクラスぐらいであろう。
これが一般ユーザーにとっては難解な点のひとつとなる。

次にとまどうのはドライバを組み込むときに「警告」が出ることである。
ほとんどのUSBドライバは“なぜか”非認証であり、OSから警告を受けて強行して先に進める必要がある。
これも一般ユーザーにとっては不安要因であり難解に映る。

さらにデバイスドライバを更新するときも難解だ。
WindowsUpdateのごとく勝手にやってくれればベストだが、そんなことは望めるようなレベルからは程遠い。

もしかしたらその仕掛けはOS側は用意していると主張するのかもしれない。
しかし現実にそれを利用されていない以上は、機能していないと言わざるを得ない。
用意しても機能しないのであればそれは無意味だ。
もし、それは自分の責任ではないと作り手が言い張るのなら、それは水平分業モデルの限界か、ダメなところと言い切るしかない。
別の言い方をすればそんな意識ではiPadにはいつまで経っても勝てないといわざるを得ない。

これはあくまで例として挙げただけで他にも色々ある。
アップルは垂直統合モデルのよい点を発揮して悪い点をうまく隠している。
ところがマイクロソフト陣営は水平分業モデルの悪い点が放置されてしまっている。
アップルにはそこを突かれていると思わなければダメだろう。

必要なのはカタログスペックや、プレゼンで目立つようなお題目ではない。
こういう一見つまらないようなところを改善していかないとダメだ。
一般人がどこでつまづくのか、そこを根気よく潰していかないとダメだ。

例えば私は昔からOutlookというメーラーは大嫌いだ。
しかし会社では強要されているので使っているが、未だに本当に分かりづらい。
彼らの“直感的”という感性が実に難解で理解に苦しむ。
仕方ないので解説本を読むが、“直感的”のつもりで作られているとおぼしくものに対して、解説が加わっているのを見るとなにか滑稽というか不思議な感情が湧いてくる。
そうかといえばPCに詳しい人も迷わせる。
端的に言えばメニュー体系も理解に苦しむ。なぜ「送受信」が「ツール」の下なのか。
ショートカットボタンをつけていれば良いという理屈ではない。
こんなメーカーがOSを作っているうちは(ハードメーカーが頼っているうちは)アップルに良い様にされるのは仕方ないな、もしくはそのほうが世の中的にはいいだろうと思ったりする。

まともなソフトメーカーでアップルに次ぐのはグーグルだろうというわけで、Androidに期待がかかるのはわかる。
BSDUNIXをベースにしてMacOSとして中心に据えているのと同様に、LinuxベースでAndroidを作り育てているわけで期待がかかるのは当然かもしれない。
日本人(日本マーケット)としても、日本法人が酷いマイクロソフトよりも、グーグルのほうが大いに期待が出来る。
日本語変換のIMEひとつとっても、OSがあがるにしたがいどんどん悪化していくマイクロソフトのものよりも、多少怪しげでもグーグルのものに興味を惹かれたりする。
既にグーグル検索での自動候補機能でその片鱗をみせてもらっているが、いい意味で笑ってしまう候補がでてきたりする。

話がやや逸れたが、そもそも今のPC業界、水平分業モデルで自分のできることだけやっている寄り合い所帯、ではそもそもダメなのかもしれない。
それをルーキーであるグーグルに頼らねばならないというのも実に情けない話だ。
まあ、そういう構造的に“成長の止まっていた”“怠惰に陥っていた”PC業界に見事につけこんできたのがiPadであるわけで、そう簡単には挽回できるとも思えない。

ネットブック陣営がiPadに客をとられていると危機感を示してみても、所詮はハードしか作れないのだからどうしようもない。
アップルはハードはもちろん、ソフトやビジネスモデル、エコモデルまでも掌握して展開しているのだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/07/13

経済の成長は人を幸せにしない

リンク: asahi.com(朝日新聞社):経済の成長は人を幸せにしない 経済哲学者・ラトゥーシュ氏に聞く - 文化トピックス - 文化.

私の考えとかなり近いような気がする。
私は経済学はよくわからないので間違っているのかもしれないが。

例えば農家で例えれば良いのかも知れない。

自分(と家族)が満足に食べられず栄養欠乏をしているような状況は確かに打破すべきだろう。
しかしそれを超えて、より金を稼ぐために田畑を広げ、無理して機械を導入したり、体を壊すほど働いたり、他の田畑を買収していったり、効率がよいからといって焼畑農業を繰り返したり(つまりその後は荒地・砂漠になるだけ)。
今、過当な経済戦争、新興国の市場開拓はこれらと似たようなものではないのか。

そこまでしなくとも自分と家族が十分に食べていければ良いのではないか、つまりはそういうことを言っているのではないのだろうか。

私がことさら事業仕分けを取り上げたりしているのは、実はこのこととつながっている。
官僚やら公益法人が利権やらで税金を掠め取るようなことをしている輩がいると、このつましい生活が成立しなくなる。
簡単に言えばそいつらのために余計に働いて金を稼がなければならなくなるからだ。

これに限らず、理想と現実との乖離は大きい。
なんだかんだいって人間の欲望は際限が無い。
それでも本来はどうあるべきなのかを考える、考え直すことが今必要なのかもしれない。、

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/07/12

カンブリア宮殿に孫正義氏

社長室、本邦初公開ということででていた。
(撮影対策かはさておき)社長室には携帯全機種が置かれているという。
自社はもちろん、Docomoとauの携帯も、である。
さながら携帯電話のショールーム、大型店舗の展示場のようである。
価格も調査して値札がついている。

これには感心した。
日本の社長でここまでやっている人がいるのだろうか。
およそ製造業で、ライバル会社と競争している会社で、である。
他社研究で特定機種を購入したりはするだろうが全機種で、というのは凄い。
カラーも全色揃えているようだ。
そうやって社長室にいながら“販売現場”の感覚を磨いているのだと思う。
もう少し広く言えば商品への“感覚”というのはこうやって磨かれるのだと思う。

私も興味あるものはなるだけよく店に行っては自分の目で製品を見るようにしている。
色や質感、触ったときの感覚、それらはネット上のインプレッションや写真、動画からは得ることは出来ない。
さらにそのときは必ず前後の機種、つまりそれの上位機種と現在のフラッグシップ、さらにいくつか下の機種も見る。
そうしないと特定の機種の位置づけや良さがイメージとして理解できないからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/07/11

大相撲“バッシング”におもう

確かに野球賭博は悪い。
いわゆる暴力団が絡んでいるから悪い。
そういう理屈は分かるが、今の大相撲に関するバッシングは酷い。

確かにかなりの数の力士、親方、関係者が関係したことから大相撲全体の構造的問題とする向きが多い。
しかし相撲界全部ではないだろう。
まったく関与していない力士や親方もそれ以上に多数いる。

名古屋場所開催が危ぶまれたが行われることになった。
中止されていたら関与していない力士があまりにもかわいそうだ。

力士というのは基本給はあるものの、それより取り組みに出て、勝ちを重ねることによる収入が非常に大きいらしい。
優勝、各賞はいうにおよばず、勝ち越し数によっての歩合が大変大きいそうだ。

NHKでの放映は取りやめになったそうだ。
歴史ある云々はともかくとして、本場所はNHKの独占であったと思うが、その条件下でやめるというのはどうかと思う。
なんでもNHKへの要望数で放映反対が過半数以上あったとのことだが(60%位?)、いまひとつ納得できない。
基本的に放映はされるのが普通であって、意見要望でわざわざ出すのは反対意見となろう。
賛成をわざわざ出すのは反対が多いと知って、それは困るという形の意見ではないのだろうか。
三波(地上波、BS、ラジオ)全ての放映中止はどうにも過剰反応に思える。

懸賞金を含め、各企業のスポンサーも全部降りてしまったという。
NHKの放映取りやめ(の噂)やもちろん不景気による広告費見直しも無関係ではないだろう。

懸賞金も各力士にとっては収入しても大きいし、人気のバロメーターでもあるらしく重要なものだ。
これがなくなるのは本当にかわいそうだ。

よく連帯責任を振りかざす人がいるが私は大いに懐疑的に思っている。
大相撲界全体の闇みたいな言い方をしているのも気に食わない。
全くクリーンでただ相撲にまい進している部屋、親方、力士のひとたちもたくさんいるだろう。
よしんば賭博の話をもちかけられてもきっぱり断ったのも多かろう。
こういう事件がおきてしまった以上は無関係ではどうしてもいられない部分もあろうが、必要以上にバッシングすることはなかろうと思う。

いまこそ膿を出すときとかまことしとやかに言う人もいるが、ではどうすれば、協会がどうなればその膿とやらが出し切るのだろうか。
外部監査団体を作って協会の改革とやらをやったり、外部の監視役を立てたりしたとして、ではそれで今回のような割と個人的犯罪である野球賭博の発生を抑制できたのか。
今回の事件が協会役員が絡んでいて生じた事であれば確かに有効であろう。
しかし違う。
過去の事件では大麻や暴力事件が上げられるがそれもかなり個人的な問題が大きい。

もちろん協会による甘い処分が、個人の緩み、おかしな特権意識、等を招いているのなら理解できる。
今回の処分も腑に落ちないと私も思っている。
情報公開も無い。
比較的多数いるとされる「関与」というのが実際になんなのかよくわからない。
解雇追放がある一方で減俸や出場停止などの処置が誰もいないというのが不自然に感じる。
問題なのが解雇追放となった2名だけならなんでこんなに大事になるのかが理解できない。

全体の問題というのならなぜ協会幹部役員の減俸等の話にならないのかが理解できない。
全体責任などという漠然とした話の前に監督責任というものが存在する。

結果として“被害”をかぶっているのは客である相撲ファンであり、現場の真面目にやっている力士達である。
まずそのことは最優先に考えて欲しいものだと切に思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/07/06

ゆうパック遅配「一過性だと」

リンク: asahi.com(朝日新聞社):ゆうパック遅配「一過性だと」 混乱拡大、やっと会見 - 経済を読む - ビジネス・経済.

早朝から国内最大の新東京支店(東京都江東区)などの集配拠点に向かうトラック便の到着が遅れるなどの混乱が目立ち始めた。2日夕、同社はトラック便の定時運行の徹底と臨時便を出すことを決めた。

臨時便はいいのだが、定時運行の徹底というのがおかしい。
ドライバーは当然ながら遅れてもいいなどとは思っていないはずだ。
仕事量をオーバーしてしまいカバーしきれないからこそ遅れているだけのことでそれを徹底などという言葉でいわれても反感をもたれるだけであろう。

日本郵便は「ペリカン便」との統合にあたり、4月から実地研修を積み重ねて万全の準備をしてきたと説明する。だが、システム統合は先送りし、お中元で荷物量が増える繁忙期の統合に突き進んだ。

ここで問題なのは予定としては4月から組まれていたにもかかわらずシステム統合に遅延が生じ、結果として現場へのしわ寄せが及んだことだ。
もちろんなにより遅配はお客様への重大な迷惑だ。
システム統合を遅らし、そのスケジュールの管理・見直しを含めて誰が責任を負うのか。
社長の問題もあろうが現場トップの管理体制も大いに問われるべきだろう。

神奈川県内の郵便局で仕分け業務を担当する50歳代の男性職員は「事前にわずかな説明しかないまま突然、普段の3倍もの荷物が届いた。さばけるわけがない」と憤る。
 男性職員によると、統合後の業務の説明があったのは6月20日ごろ。A4判で数十ページのマニュアル2冊を渡され、端末の操作やペリカン便の伝票の説明を受けたが、時間は1時間で、端末の使い方を試す機会もなかった。6月28日に新たに4人のアルバイトが雇われたが、十分説明する間もなく当日を迎えた。

こんな状況では対応できるわけがない。
統合プロジェクトが4月から稼動していることになっているのに、現場へは実施されるほんの10日前での告知。
さすがに無理と思い、アルバイトの追加を申し入れたのだろう。
しかしアルバイト4人追加されても二日前ではなにもできないだろう。
それだけに専念できればともかく、通常業務の中でやらなければいけないわけだから無理。
そのような現実を把握せずに

混乱は「従業員の不慣れが原因で、土日で回復できる」(鍋倉社長)と判断。

不慣れとだけ切り捨てている。
十分な準備があった上でなら数日で慣れてきて円滑になるかもしれない。
しかし新規システムでこのような状態での導入ではさぞやシステムトラブルが多いのではないかと思われる。
実際の運用でなんとか乗り切っていることもあるのではないか。
そこまでは記事には書かれていないけれども、私にはその状況が目に浮かんでしまう。
現実に遅延はまだ続いているようだからだ。

社長が把握できていないのも確かに大問題だ。
しかし幹部レベル、現場の長レベルはきちんと報告していたのだろうか。
どこで“悪い話”が止められていたのだろうか。

社長は「一過性の問題のため」と繰り返しているそうだが、これらの一連の話を見るに、会社の体質の根強い悪さ・酷さを露呈しているように思える。別の言い方をすれば、これらの原因はトップの判断・経営・運営・管理ミスではなかろうか。

郵政事業・国有化論議とか色々あるが、どちらになるにせよ、この体質の改善は必要となろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/07/05

「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」を読んでみた

なんかドラッカーというのが流行りモノでこの本もなんか人気らしいので読んでみた。
結構面白かった。
半年で12刷なのだから売れているほうだろう。

厚いし疲れたら放り投げようと思っていたのだが存外に最後まで読むことが出来た。
文章のテクニック的にはなんか素人くさい。なんか説明的なのだ。
特に台詞が少なく、かつあまり上手ではなく人物を書き分けられていない。
文学作品としてはいまひとつというところだろう。
しかし設定や伏線、話の展開などは上手なのでそれが最後まで読めた要因だろう。

著者のプロフィールをみると、なるほど放送作家さんとしての経歴が長いようだ。

ドラッカーの経営(マネジメント)理論を、高校野球にあてはめようという若干無茶な試みも成功していると思う。
適用が無茶だからこそ、より深いところで考えないといけない。
文字面どおりに捉えることは出来ず、ドラッカーが、そもそも「マネジメント」でなにをいわんとしているのかを考えないといけない。
つまり背景・思想のレベルで考えをめぐらせることになる。

無理やりに引用するのではなく、話の展開にあわせて(作中人物の理解度もあわせて)少しずつ文を引用し、当てはめさせていく。
いわゆるハウツーものではない。
ひとつの文に対してそれがどのような意味なのか、高校野球の運営のなかでどう適用できるのか、それをメインにして話をめぐらさせていく。
その辺がなかなか面白くて考えさせられる。
著者の方のドラッカーへの理解度が発揮されている。

ドラッカーのマネジメントには、ある意味、哲学的な部分(問いかけ)が含まれているようだ。
ある意味で理想論を掲げてもいるようだ。
色々な捉え方が出来るし考えさせられる余地を含んでいる。

この本では「マネジメント」を齧ってみたというレベルなのだろう。
要は入門書ですらないのだと思う。
ドラッカー「マネジメント」が必要ならそれをきちんと読むべきだと思う。
「マネジメント」を読んでなんかよくわからない、なんか腑に落ちない人が読む本のような気がする。
「マネジメント」をまだ読んでいない私がいうのはおかしいとは思うけれども。

まあ、細かい話は抜きとしてとりあえず読み物としても結構面白いので興味のある向きは読んでみても良いのではと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/07/04

「InstaLoad」

リンク: 米Microsoft、電池の向きのトラブルを解消する「InstaLoad」発表 | パソコン | マイコミジャーナル
なるほど。いい意味でも悪い意味でもMicrosoftらしい発想です。
アイデアは良いのだがその実現性に問題があり、結果トラブルを起こしがちであること。
そのトラブルはランニング(後発の技術)でなんとかしようとすること。
その上で先行性を自社が保持すること。
良くも悪くも特に日本のメーカーではトラブルが想定されるアイデアは潰されます。

なぜこういう技術が電子メーカー等から発想されなかったか。トラブルとは何か。
それは電池の接触性です。
電池を採用している機器をみればわかりますが、これでもかというくらい“バネ構造”で電池を挟み、端子を押し付けようと涙ぐましい努力がされています。
電池と端子というのは“点”での接触となりがちです。
それをできるだけの面積で接触させようとしています。
そうしないと大電流を取り出そうとしたときに電圧の低下を招き誤動作を引き起こします。
場合によっては点での接触どころか電気的に離れてしまいます。
電池を抜き差ししたりグルグル回すと動くようになったりしますが、まさにこれです。
「たまに誤動作をおこしても便利な機器ならかまわないではないか」というのは実にMicrosoft的発想です。

電池の大きさ構造が、規格はあってもけっこうばらついているという実情もあります。
この構造ではプラス端子部分の凸が太いとアウトです。
微妙に太くて時々外周のマイナス部分に時々接触するような状況になったらどうなるでしょうか。
最悪で電池のプラスマイナスの短絡、結果として発火です。
電池が発火するか機器が発火するかは運しだいでしょう。

それはそもそも規格外の電池を使っているほうが悪い、というのも実にMicrosoft的発想です。

あとはこの構造はかなり複雑で耐久性がない、寿命が短い。
電池の接触が悪くなって機器が使えなくなる(寿命が来る)というのは一番間抜けな話です。
だからこそ電池接触部分はシンプルに強固に作ろうとする。
それが現状です。

コロンブスの卵的発想とほめているかたもいらっしゃると思いますが、私にはこれは多くの技術者が新入社員のころに発想して、安全性や品質の教育を受けたころに捨ててしまったアイデアだと思います。
また、申請しようとして上司にダメだしされたケースもあるかもしれません。

ただ、現代では非常に精密な加工が比較的安価で可能になっていること。
さまざまな電子的安全装置を組み込みやすくなっていること。
非常に低電流で動く機器というのも結構存在していること。
逆に電池を頻繁に交換しうる状況もあること。
そういった特定条件化ではアリなのかもしれません。

例えばテレビのリモコンなどでは下手をすれば5年とかもったりしますから、むしろこのような端子形状にするほうがリスクのほうが高いと私は考えます。
コスト的にも無駄です。
しかしWiiのリモコンのように数週間に一回は取り替えるような場合には良いかもしれません。
XBOX360でも単三電池ですから同様に頻繁に交換します。
おそらくは特定の2次電池を使うでしょう。
どれだけ本気で実用的特許と考えているかは、XBOX360のコントローラーにいつ採用されるか、で測れるのかもしれませんね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »