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2010/05/31

世界競争力年鑑

世界競争力年鑑なるものがあって日本は順位を下げたらしい。

まあ、色々あるんだろうけど、それならなんで円が下がらないのかが理解できない。
その国が弱り、競争力が落ち、信頼をなくすことで、その国の貨幣価値が下がる。
つまり日本の貨幣でいえば円安という形で現れるはずなのだ。
それなのに未だに1$=90円前後という異常な円高。
輸出産業が成り立たなくなるといわれるのが80円台。
その付近をうろついているというのは異常事態のはずなのだ。

私の個人的感覚では1$では少なくとも100円以上で110円あたりが妥当な気がするのだがおかしい。
まあ、円高で輸出で不利になり、価格競争力がないというのならわからんでもないが(笑)

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2010/05/29

iPad発売に思うこと

iPadは革新的という言葉が踊っているが、決してそうでもない。
iPadはiPodの成功が背景にあるのは間違いない。
今でこそiPodはトップシェアを揺ぎ無いものとしているが、最初からそんなことはなかった。
少なくとも日本でiPodが伸びたのは第三世代と呼ばれる機種から。
ここで何が違うかといえばMac/FireWire(IEEE1394、iLINKといった方がとおりがよいかもしれない)でしか使えなかったのをUSB対応でWindowsからも使えるようにしたことだ。

iPodはiTunesがあってこその機器である。
WindowsでiTunesを動かし、iTunesを無償でばら撒いた。
Windowsで動くAppleのソフトということでとりあえず試して、まんまと嵌められた人は多くいるだろう。

iTunesも決して驚くような技術は入っていない。
リッピングも普通だし、曲名取得はGracenote Databaseを利用するといった従来からある手法。

この時は音楽配信もなく音源はひたすらCDからである。
しかしながら色々な機能が見事にきれいに統合されており非常に使い勝手がよい。

iTunesがあってiPodがある。というスタンスというほどの存在だ。
他のメーカーでは、そのプレイヤーの付属おまけソフトというような感じだったり、
市販のソフトを買い取ってその機種用にアレンジしてつけていたりとぞんざいだ。
ひどいのになると市販ソフトの体験版をつけているだけというところさえある。
そこが大きく他のプレイヤーと異なる。

そのバージョンアップの姿勢からもiTunesを中心(軸)に回っていることが良く分かる。
だからこそ安心ができる。
CDから取り込んだり、購入したりした音楽はこの先のiPod(とファミリー機器)で使えるということが保証されているようなものだからだ。
実際にiPodの各種モデルやiPod touchやiPhone、iPadもこのファミリーであり、利用をすることができる。

ハードは所詮壊れる。
先端機器でもあるこの種の機械は壊れやすい。
持ち運び、歩きながらでも操作するようなものであるからなおさら危険性は高い。
そうでなくとも、新機能が欲しくなったりファッション的理由からも買い換えたりする。
ハードを買い換えると、新しくついていたソフトが従来のものと互換性がなかったり、データの変換にひどい手間がかかったり、下手すると使い勝手というかソフトそのものがまったく異なって使い方をまた覚えるはめになることさえある。
そんなのは馬鹿げているはずなのに平然とそういうことを強要していたのが今までだ。
それを変えたのがiTunesとiPodともいえる。

さて、話を戻そう。
最初はCDからのリッピングだけだったのがPodcastの配信、iTMS(MusicStore)からのダウンロードとiTunesが進化をした。
Videoが追加され、iPod touch/iPhoneではゲーム等のアプリも動かせるようになり、iTunesでも管理できるようなる。
扱うものが音楽だけではなくなったためにiTSと名前を変えた(Musicをはずした)。
touch/iPhoneでは、それ自体でもダウンロードできるようになっているが、iTunesからも相互利用ができるようになっている。

これらの進化は一朝一夕にできたものではない。
特に日本ではiTMSの立ち上げにはかなりの苦労があったらしく、実際に開始がかなり遅れていた。
もちろん本国でも各音楽会社を説得するのには時間を要している。
ジョブス氏のカリスマがあってこそ実現できた、と云われるほど難事業だったようだ。

iPadはこれらの積み重ねがあってこそだ。
そしてこの積み重ねの中で電子書籍が加わることになった。

この流れで注目すべきはMusicStoreを立ち上げた時点で決済システムを導入している。
それがアプリ配信システムの導入、有料アプリの導入のスムーズさに繋がっている。
通信費支払いと併せられる携帯電話と異なり、PC主体の環境では有料アプリというのは実は精神的な敷居が高い。
反面、有料アプリという形態がないと優秀な人やプロの仕事によるソフトがなかなか供給されない。
個人が洒落で作ったソフトも良いが、金をかけて作ったソフトもあってこそコンテンツ事業として本当に成功となるのではないか。
先だって音楽の有料配信という時点でクレジットカード番号を握れたことは大きい。

電子書籍でもいままでとはちょっと違ったアプローチをしている。
それは非常に細かいように見えて実は成功への重大な要点を押さえていると思う。

1.今までの書籍には拘らずに、これからの書籍で考えようとしていること。
過去の作品を電子化しようとすると著作権処理で非常に面倒になる。
その処理の経費は価格へと転嫁され、電子化のメリットを商品としてなくすだろう。
実際にいままでの電子書籍は製本したもののほうが安いという結果となっている。
値段の高さにはもちろん他の理由もあるのだがそれは後述する。

2.雑誌を中心に置こうとしている?
週刊・月刊雑誌からというアプローチはある意味良い観点だ。
価格的にも手頃であること、たいがい毎月購入するので継続した収入が見込まれること、万一コピー禁止が破られても被害が少ないこと、1と関連して著作権的にクリアしやすいこと。
実験的な試みがやりやすいということも大きい。
アンケートや懸賞の類はまさにオンラインでできるだろう。
オンラインショッピングなども可能とするらしい。
動画を入れ込んだりもできる。
表紙を動画にするのはややギミックといえるが、とりあえずツカミという点では大きい。
インタビュー記事などは一部始終をそのままインタビューの録画映像を入れるということもなされているようだ。
大概の雑誌は読者層をかなり絞り込んで発行されている。
電子化検討段階から読者層が比較的情報感度が高い人を狙えるから購入層としても適切だ。
とりあえずMac Fan誌が電子化されたがこれも先陣を切るのは当然といえばそうだが購入層として大きく期待ができる。

情報鮮度という点でも大きい。
当面は紙での出版との兼ね合いで難しかろうが、電子一本でできるのならば、原稿の締め切りから発売までの期間を大幅に短縮できるだろう。
最近は電子入稿で印刷までの期間はかなり短縮はされているとはいえるだろうが、流通などを考えるとどうしても限界がある。

また雑誌というのはゴミ出しが面倒だ。
書籍は比較的保存している人(もしくは売ってしまうか)が多いが、雑誌はたいがい捨てるしかない。
そもそも紐で縛って出せなどというおよそスマートではない手法を強要される。
新聞も同様なのだが、私が新聞をとるのをやめたのはこのことも理由のひとつだ。
一方で捨てるのに躊躇したりすれば溜まる一方で部屋を圧迫する。
紙メディアと同様以上の情報が得られて簡単に捨てられるのなら電子書籍のほうが良いと思っても不思議ではない。

3.ネット配信を基本とする
価格には流通・在庫の費用が含まれる。
再販制度のある日本ではなおさらその負荷は高いだろう。
ところが従来の電子書籍は本屋で売られるという書籍で同じ流通に乗っていた。
パッケージを含めると下手をすれば本よりも大きい。
価格も本より売れないことは明確だからという理由もあろうが本より高い設定。
さらにパッケージで売ると中古売りや不正コピーの問題もでてくる。
ネット配信によってこの問題も解消できる。
iPadでダウンロードして、それを他のiPadに移す手段はないからだ。
もちろんiPad/iTunesをクラッキングすることで可能になるかもしれないが、かなり困難だし、iPadのソフト更新によってそれを防ぐことも可能になるだろう。
所詮はいたちごっことはいえ従来よりははるかに難しくなるのは確実だ。

4.価格を安く設定している
あくまで類推だがこれはApple社の一種の指導があったのだと思う。
流通在庫コストはわかりやすい説明のひとつだと思う。
しかし従来の書籍より安く設定しないと売れない・事業が立ち上がらないということで若干の無理やコンテンツ供給側へのなんらかのベネフィットがあるのかもしれない。
一定数の買取保障なども考えられる。
間接的にApple側が負担をしている部分もあるのかもしれない。
配信費用の減免などもあるかもしれない。
いうまでもなく従来より安く、より便利なものであると広まれば、電子書籍は広がる。
広がれば元締めであるApple社の利益は非常に大きい。

5.電子書籍に特化した機械ではないこと。
当たり前だが電子書籍専用リーダーであったら5万とかそんな価格が受け入れられる訳がない。
他にもいろんな機能がありその中のひとつの機能として電子書籍をいれているに過ぎないからだ。
今までの電子書籍リーダーはその高価さゆえに敬遠されてきた。
いや、デバイスの価格から考えればむしろ安い価格なのかもしれない。
しかし、それでできるのは本を読むことだけ、つまり商品としての価格とみればとんでもなく高い。
考えてみれば専用リーダーは存在は不可能だろう。
もっといえばそれでいて電子書籍ならではメリットを打ち出せていなかったこと。

iPadではいわゆるネットブックとしてみれば上級の部類に入る。
パソコンよりは低機能だが、値段や重さ、タッチパッドや動画再生機能などを含めて考えれば必要十分ともいえ、むしろ安い価格として設定されている。
ストレージはSSDだしXGAで程よい大画面でのタッチパネル、700g台と軽量で、電池の持ちもほぼ一日使っても大丈夫。
しかもレスポンスが非常に良い。
製品としてみれば非常に良くできている。
このあたりをつきつめた製品は高価になりがちだからだ。
最初の購入層としてはiPod touch/iPhoneあたりのリピーターだろうが、その金銭感覚としては高いというほどでもなく妥当か安いと考えるのではないだろうか。

電子書籍とは言っているが、どうも従来の電子書籍は、従来の書籍の電子化といった枠にとらわれていてそれ故に駄目だったのだと気づかされる。
昔読んだ作品をいまさら電子化したからといってそれをお金を払って読みたいと思うのか。

iPhoneで携帯電話を再定義したというが、iPadは書籍を再定義しているのかもしれない。

iPad以外が絶望的でiPadが凄いのは、繰り返すがiPadまでに至る“仕事”の量がハンパではないからだ。
長期的にコツコツと積み重ねによるカイゼンが日本の製品の美点といわれていたが、実はApple社こそがそれを行ってきていた。
iPadはジョブスの展望、夢でもあったのだともいわれている。
その夢に向かって事業を続けてきた結果が、このiPadとして具現化されているのだろう。
iPadに対して黒船やら革命やらいわれているが、Apple社にとっては必然ともいえる。

他のメーカーが夢ではなくて目先の事業だけを追って、ただ商品を出してきただけではないのか。

とはいえ、iPadがどれだけ広まるかはまた別の問題だ。
しかし実際にiTSがCDの売り上げを上回ったりしている。
日本でも着うたはCDの売り上げを上回っている。
流通の電子化の流れは確実なことであろう。
そして今回の電子書籍は魅力を放っているのも確かなことでもある。

書籍の電子化というのは日本でもかなり昔から研究はされており、製品化に至っている。
しかしどれも失敗として終わった。
主要デバイスを握る日本の優位性はあったはずだ。
製品化したが事業として成立しなかった。
それはなぜなのか。
その点について日本のメーカーはどう考えているのだろうか。
日本のメーカーの凋落といわれる理由がみえてくるのではないだろうか。

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2010/05/26

事業仕分け

道路保全技術センターのはひどかった。
こんな風に仕事をしない・出来ない奴が高給を取っていやがるのかと憤りを覚える。

枝野大臣が閉会式で改めて述べていたが、国民がこのような現状を知ることが大事。
そしてそれが事態を改善させる第一歩だと思う。
あくまで入り口という認識はその通りとエールを送りたい。

ところで実施の内容はネットで配信されていたわけで総てを見ることが出来る。
自前でやるのではなく公募して5つほどのネット配信業者が名乗りをあげて流された。
ちなみに私はUSTREAMを利用させていただいた。
非常にスマートで結果としても良い方法だと思う。
今回の件でUSTREAMというサービスを知ることができたわけで宣伝にもなっている。

ネットだけではなく是非ともNHKなり民放でもいいからテレビ放送して欲しいものだ。
意外と知られていないのだが、地デジになったことで放送局はあまねく3つチャンネルを持っている。
ハイビジョン放送は3チャンネル全部を使わないと駄目なのだが、標準画質ならば3チャンネルで別の番組を流せる。
実際に放送大学は殆どの時間帯で3つ流しているし、NHK教育では時間によっては2つもしくは3つの異なる番組を放送している。
地デジ化で少なからず国民の負担を強いたわけだが、メリットもある。
それのひとつがこの点なのだがあまり利用されていないのが残念だ。

ネットニュースでかいつまんで状況を見ることも出来るが、足りない。
これだからマスコミが流す情報は、というつもりはないが、その背景を考えずに「廃止」とかそういう言葉だけをそのまま受け取るとおかしなことになってしまう。

宝くじではなにか宝くじの廃止やら当面の宝くじ発行停止みたいに伝えられるところもあったようだが、別にそんな論議ではなかった。
問題なのは宝くじ自体ではなく、その収益金の流れ。
経費だけ見ても高額であり、金の流れが不透明。
そもそも経営判断なぞ必要とは思えない事業で役員などは不要ともいえるし、ましてや1000万後半の役員報酬など一般市民感覚では考えられない。
さらに宝くじの本来の目的である地方事業への収益金の交付という中から、わけのわからない公益法人へお金が流れているということが問題なのだ。
そういう金の流れをそのままに発行するのは駄目だ、といっただけのこと。
マスコミでさえ勘違いしている人がいたのは驚きでもあるが(閉会式でマスコミとの質疑応答でその勘違いに基づいた質問をしていた)、、そういうマスコミの報道を鵜呑みにしてしまえば勘違いをする人がでても別段おかしくもない。

政治パフォーマンスという言葉もあるが、たとえパフォーマンスでも大いに結構。
なんでもいいからこういうことはすべきだと思っている。
まず目立つのは蓮舫議員自体がパフォーマンスだろう。
所作振舞い、言葉遣い、抑揚のつけ方、マスコミへの対応など、キャスターやアナウンサーの経験もある元マスコミ側で人間だった経験が存分に発揮されていると思う。
その上で枝野議員が締めている印象を与えている。

今回は特に「塩備蓄」「宝くじ」「競輪」「運転免許:教本問題」「軽油税関連(トラック業界団体への還流)」「道路検査問題」など生活のすぐそばの問題が取り上げられていた。
分かりやすい題材を表面に出すことによって世間の関心を呼ぼうというパフォーマンス的な観点もあったのではないだろうか。
かくしてそれは成功はしたのだと思う。前回より傍聴者の数が増えたそうである。

公益法人の類いや省庁によるこういう「中抜き」「横抜き」は以前から散発的に指摘はされていた。
自動車免許関連の教本発注の独占問題はマスコミでもずっと以前から指摘されていたものだ。
いわゆる暴露本やらによる指摘も多々ある。

それらと違うのは与党議員を筆頭としたグループによる、政治活動としての指摘であることだ。
それでも強制力には限界があるというのが難しい問題なのだが、少なくともマスコミや個人によるものより、改善への実効性は高いのは確かなことだ。
幸いにこの日本では各省のトップは与党議員による大臣である。
実際に既に大臣を筆頭に討議が行われているという。

根っこが深い問題で、例えば天下りする人間にとってはまさに生活がかかっているのだから必死だ。
この程度のことで事態が全部好転するわけがない。

事業仕分けというやり方は、やっと政治的手法での具体的な指摘の試みが始まったにすぎないのだと思っている。
実際に何十年も前からこういうことは起きている。
政治家の汚職に相当するようなことさえ起きている。
随意契約などは自分のファミリー会社(まさに家族の経営する会社、もっと露骨には自らが役員である会社)に発注している例さえ指摘されている。
税金・公金を自分の懐に流しているわけで、その罪・構造は汚職に等しい。
今回はそこまで具体的に踏み込んだ議論はなかったわけだが(公的な作業であるため難しいのも理解できる)、間接的にそういう事項を潰せるとすれば良いことだ。

おそらく、いたちごっこ、もぐらたたきになるかもしれないが、それでもやらないよりは遥かにましだ。
根気よく、継続的に、何十年というスパンで潰し続けないと駄目だろう。(長期的ビジョン)
もちろん何年か置きに一定の成果を検討するというのも必要だ。(中期的ビジョン)
何度も廃止を勧告されたような省庁では公益法人の許認可が厳しくなる、また基準の明確化や経過報告が義務付けられるなどの方向がついてくれば多少なり改善されるだろう。

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事業仕分け:塩備蓄の問題

これも端的な問題なのであげてみると、どんなに無意味なことをやっているのかが良く分かる。

一般家庭向けの塩の備蓄をやっている事業という。
そのために数十億のお金をかけ、数億の欠損をして税金から補填してもらっている。

意味が分からない。

私個人で言えば塩はもちろん買っているが、殆ど減らない。
1kg買うと、数年は持つ。
というか今ある塩をいつ買ったのか記憶にない。
そもそも料理に殆ど塩は使わない。
減塩料理というつもりはあまりないのだが、味付けには出汁が中心だし、醤油をいれるのなら塩は不要だ。
炒め物ならガーリックソルトを使うことも多い。
さらにいえばいわゆる旧公社製の塩はほとんど使わず、料理には一般流通されている高価な(でもおいしそうな)塩を使っている。
たまに漬物を作るのに使う程度だ。
だから減らない。
塩は非常に安定した物質なので開封後でも長持ちするので問題がないということもある。

代替もいくらでもある。
純粋に塩分と考えれば醤油や味噌にはふんだんに含まれている。
漬物を買ってくれば過剰なほどだ。
外食は塩分は多いのでそれだけで十分摂取できる。

ちなみのこの事業では企業やいわゆるプロが使う塩は対象外なのでそちらの心配は別問題となる。

一年くらい店頭から消えてもまったく困らないだろう。
いきなりは消えないから予兆で一袋も買えば安泰。
そもそも消えるというストーリーに乏しい。
もし消えるのならそれは尋常ではないエネルギー危機。
もはや塩どころの話ではなく社会的パニックが起きているだろう。

そのために公的備蓄として億単位のお金が費やされているのは馬鹿馬鹿しい。
問題なのはそれが必要なものとして認められ、現実に行われてきたということにある。

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2010/05/24

宝くじが事業仕分け対象に(2)

前回の事業仕分けと違って身近なのかネットでも割合意見が多い。
どうも勘違いしている人も多いのだが、別に宝くじ自体が悪いわけでもない。

問題なのは“中抜き”をしているその体質にある。
中抜きしているのはいうまでもなく天下り団体。
その事業に巣食っている公益法人などの諸団体。
その点を叩いているだけに過ぎない。

他にも競輪事業も取り上げられたが、これも同様。
いわゆるピンはねをしているわけだ。

宝くじで言えばそもそも“必要経費”が高すぎる。
実に売り上げの14%だという。
すごく単純に言えば、例えば一枚300円のうち、42円が経費なのだ。
あんな薄っぺらな紙を、カラーとはいえ印刷するのに一体いくらかかるというのか。
全国テレビCMを打っているとはいえ一枚あたりそんなにかかるものか。

経費以外の“本丸”からも抜いている。
社会福祉とかなんたら振興とかそういう名目でお金を抜いているのだ。
ある番組に蓮舫議員が出てきていっていたが、「福祉」とか「振興」とか「社会貢献」とか、これからは「少子化対策」とか「老後問題」とかそんなちょっと考えただけなら削るのをためらわれるような名目をつけているのはたいがいが怪しい、ということだ。

実際に成果をほとんど上げていなかったり、あってもどこかに丸投げしたのを成果としていたり、そういうひどいものが実態として事業仕分けで明らかになっている。

とりあえず今回は“パフォーマンス”として目立つものを取り上げられたのだと思うが、どんどん継続的に他の公益法人についても精査をしていって欲しいものだ。

これらの構造はいわば“寄生虫”、もしくは本当の意味での“蚤やダニ”みたいなものなので、存在は致命的ではないが少しづつ我々の生活を圧迫し、社会の活力を奪っているのだから。

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2010/05/20

宝くじが事業仕分け対象に

宝くじといえば昔から批判のある”事業”であり、今回事業仕分けの“目玉商品”のようでマスコミでも取りあげられている。
宝くじは“ギャンブル”であり、通常は禁止されている行為であるが宝くじは特例となっている。

ギャンプルというのは多くの人を集めてお金を集め、特定の人にお金を渡すという行為。
そのお金の移動の中でいくばくかのお金を手数料として頂く。
その手数料を“テラ銭”というらしい。
裏家業でもそのテラ銭は通常は一割にも満たないものらしい。

宝くじでは5割以上がそのテラ銭として徴収されている。
そんなボッタクリがなぜ許されているかといえば、そもそも宝くじはギャンブルではなく、公共事業費の徴収が目的とされているためである。
それゆえに合法である、ということになっている。
つまり宝くじの購入者は、その金額の半分を税金同様に国や地方公共団体に納めているというのが大前提なのだ。
例えるならば、税率100%の消費税を払って購入している、ようなものだ。
そのために射幸心を多少煽る必要があり、それが当選金ということになる。

さて、そこで問題なのは実際にはそのお金が地方自治体に直接使えるのはわずかでかなりの金額は関連の公益法人に流れてしまう、ということにあるとされる。
手数料とされるのも14%というかなりの数字である。
CMやらなんやらを考えてもたかが薄い紙切れで一枚300円もするものを売るだけなのにどうにも高いような気がする。(実際10枚20枚でもかなり薄い紙だ。偽造防止などはあるだろうがそれでも原価などたかが知れているだろう)

その公益法人は全部で6つあり、いわゆる天下りズブズブでなにをやっているのかわけがわからない、というのはよく言われていた。
まあ、私のように宝くじはくだらないと思って関与しない人には実害はないため、どうでも良いというところがあるのか、あまり真剣には取り上げられなかったようだ。
実際、テラ銭5割と聞けば普通はアホらしいと思うものである。

そこに今回事業仕分けということで“意見徴集”が行われるのは興味深い。
どういう観点、視点で突込みが行われるのだろうか。

私は事業仕分けで実際にお金が浮くとか埋蔵金とかあんまり期待はしていない。
普段、日のあたらない、悪く言えば闇に隠れている公益団体に日が当たることが良いことだと考えている。
そのどちらに属するかはその共益団体が、お天道様に見られても立派な行いをしているかどうかだけの問題だ。

例えば前回のスパコン事業に対してもそうだ。
宇宙事業についても日本ではかなり関心が低い。
そういうところにスポットライトを当てて、場合によっては「もっとお金を出すべきだ」という声があがってもいいと思う。
ショーに過ぎない、という声もあるが、そのショーのおかげで知名度が上がるのはいいことのはずだ。

事業を仕分けるのだから下げるのもあろうが必要があれば上げてもいいはずだ。
スパコンの時などは「なんで2番ではダメなんですか」という言葉があり、マスコミでも何度も取り上げられたが、担当の方々においては「技術立国日本を標榜するならスパコンは一番でないとダメなんだ!」といって欲しかった。

他の事業でも「削れというが本当はもっとここの分は増やすべきだ!」という主張があっても良いぐらいだと思う。
もちろん事業仕分けでは「削るべき対象」に絞って審議するからそういう場面は少ないだろうが本来の事業仕分けという意味ではそういう論議があってもしかるべきだろう。

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2010/05/19

D-TR1買ってみた(4)

使っていて気がついたのだが、録画したものの再生時に稀に再生時間が飛ぶ。
録画時になにが起きているのだろうとみているとどうもそのときにHDDが止まってしまっているようだ。
動きを見ていると容易に予想はついた。
理由はごく単純で、接続しているHDDはUSBからの電源供給のみとしているためで、電流量が足りていないのだろう。
ためしにACアダプタをつなぐと(このHDDにはACアダプタ端子もついている)まったく不具合は起きなくなった。(2時間の番組を録画して追いかけでみてみたが問題なし)

解説をしておくと、USBから供給できる電流の上限は500mA(0.5A)と規格で決まっている。
もちろんこれ以上供給してもかまわないのだが義務ではない。
USBのHDD、というかHDDユニット自体が500mAで動くほうがむしろ珍しくそれ以上を要求している場合が多い。
まあ、このUSBのHDDは500mA以上使っているのだろう。
そしてD-TR1は500mA以上供給できずに電圧の低下等を起こしてしまうのだろう(そのことはD-TR1に責任は無い)。
結果としてHDDが瞬間的に止まってしまう。
とりあえず動くのは電圧の低下が若干であるか、殆どの場合が500mA以下で時々それを上回ってしまうためその時に電圧が落ちて動作異常に陥ってしまっていると考えられる。

もちろんこのことは取説にも書いてある。

PCやREGZAで使っている分にはUSB端子だけで問題がなかったのは実力的に問題がなかっただけなのだろう。

線が一本増えてしまうのは残念だが、5V/1AのACアダプタはある機器の充電用のを流用ですんでおり、アダプタ自体も十分に小さい、というか平べったい(コンセントでお互いに干渉しない程度)のであまり気にしないでおこう。

さて、最後に大きさをみるというところで真上から撮影した写真を貼っておく。
テレビ台が茶色のため若干見にくいのはご容赦願いたい。
おいてあるのは本機のリモコン。
比較のため置いたポイントカードはクレジットカードサイズなのでこれを基準にすれば分かりやすいと思う。

Sa410313_3

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2010/05/17

D-TR1買ってみた(3)

しばらく使ってみて気がついたことがあるので書いておく。
どちらかといえば欠点的なところであるが。

まずチューナーはひとつなので予約録画が始まると強制的にそのチャンネルに変わってしまう。
これは欠点ではなくて当たり前な話なのだが、チューナーと思って使っているとなかなか厳しい制限ではある。
そのために録画機能のあるテレビはダブルチューナーが普通である。
ダブルチューナってやっぱりいるものだなあ、多少高くてもダブルチューナーモデルとかも発売したらいいのになあ、と思ったりする。
これはシングルチューナーのレコーダーをチューナー代わりに使っていると同様に感じる。

こっちは欠点といえると思うのだが、録画したものを再生している途中に、予約録画が始まると再生が止まってしまう。
はじめはなんかの誤動作かと思っていたがどうもたびたび起きる。
予約が終わったときも同様。
取説をよくよく読むと「予約録画開始前に、再生が自動的に停止することがあります」と書いてある。
まあ、逃げ口上なわけで仕様のうちということなのだろう。
しかしこれはないよなあ、と思う。
当然テレビのREGZA Z7000ではこのようなことは起きない。
ちなみに追いかけ再生はできるのだが、そのときも録画が終わると止まってしまう。
「することがあります」というかほとんど確実に起きていると思う。

あと、細かいことだが、例えば地デジで番組表を出してからBSボタンを押すと、殆どのテレビやレコーダーなどはBSに切り替わる。
番組表表示はもちろんだが、放送局がBS局に切り替わるのが普通のようだ。
番組表がでていると映像は隠れるが音声は聞こえている。つまり音声がBSに変っているのがわかる。
ところがこの機械では番組表の表示だけが切り替わり、音声はそのまま。
終了ボタンを押せば当然そのままの番組に戻る。
私はこの仕様の方は好ましいと思う。
番組表で探しているうちは番組を変えて欲しくは無いからだ。

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2010/05/16

過剰なプロ意識要求では?

「子育てで残業できない女性はプロになれない」のか? この記事が話題になっているようなので私も感想を書いてみたいと思う。

プロの条件は、2つある。有能である(able)ことと、いつでもつかまる(available)こと。夜9時・10時でも客から掛かってきた電話には応対しなければならない。さもなければ新しい仕事を逃す。子育てのために残業が出来ないという女性は、プロになれない。

上記のようにいわれるとなにか腑に落ちないのですが下記のように言い換えてみましょう。

エグゼクティブの条件は、2つある。有能である(able)ことと、いつでもつかまる(available)こと。夜9時・10時でも客から掛かってきた電話には応対しなければならない。さもなければ新しい仕事を逃す。子育てのために残業が出来ないという女性は、エグゼクティブになれない。

なるほどその通りですね、という文章になります。
24時間緊張感を保ち、あらゆる要求に応えないといけない。
24時間を全て仕事に向けなくてはならないのですから、論理的に“なにか”しながらできることではない、ましてや子育てという年中無休・継続的で重労働でかつ繊細なことをしながらできることではありません。
それは男女差とか云々の話ではない。

多分、これを言った幹部社員の方は言葉の定義に若干のずれがあるのでしょう。
プロというのは単純に金銭の対価として十分な質の労働(価値)を提供しえる方を言います。
対義語はアマチュアですが、その行為は所詮は趣味の範疇ですから金銭の対価を要求することもその質を要求することもありません。
ただそれだけのことです。
当然ながら「子育てで残業できない女性はプロになれない」わけがありません。
金銭の対価となる勤務時間中にその質を高め、提供することは十分に可能なことです。
一方でエグゼクティブはその範疇を超えて企業の経営を担っていく責任があります。
その対価として報酬は会社の業績に直結し、良いときは高給、悪いときは相応となります。

違うとしたら幹部の方なのでもしかしたら社長とかトップ経営陣に何度もこうお説教されていたのでしょう。
だからそれを一般社員の人たちにも要求して当然だと勘違いしているのでしょう。

日本人から考えられない長期休暇を取るのが欧州の労働者というのは良く知られています(米は平均すると日本よりは多い程度)。

ところが欧米のエグゼクティブの方々はこの幹部社員のように24時間働いているようです。
つまり自分らは働くが一般社員にはそれを要求はしていないのでしょう。
その辺の欧米と日本のエグゼクティブにおける感覚や能力の差があるんでしょう。

記事の中にはこういう文章もあります。

すると次のような反論を受けた。 「日本企業は、いま韓国や台湾の猛烈な追い上げを受けている。在ベトナムの韓国人や台湾人も猛烈な長時間労働をしている。台湾人などみな工場に住み込んで不眠不休で働いているではないか」

工場に住み込んで不眠不休で働いている、というのは本当でしょうか。
「工場に住み込んで」というのは寮が工場敷地内にあるだけのことではないのか。
「不眠不休で働いている」というのは工場の操業が不眠不休なだけではないのか。
個々の言葉は正しいのでしょう。
しかし繋げると嘘になっているのではと思うのです。
例えば24時間のコンビニで一年中、一日中同じ人がレジの前に立っているのでしょうか。
そんなわけないですよね。
つまり長時間労働とは関係ありません。
普通に考えて8時間の3交代制です。
これも上級幹部あたりから言われて思い込んでいるだけなのでしょうか。
簡単なレトリックにはまっているようにしか思えません。
こんなんでは幹部氏が海千山千の韓国人や台湾(中国)人と渡り合えるわけが無いと思ったりもします。

在ベトナムの韓国人、というくだりに対しても簡単に反論しておきましょう。
韓国のとあるメーカーの話ですが、一般社員は上級でもせいぜい500万どまりですが、管理職になると報酬が軽く1千万を超えて平均では数千万になるそうです。(ある経済誌)
例えばこの仕事を終えれば管理職、というひとなら猛烈に働いてもなんの不思議もありません。
何年なりの期限が切られていれば人間はなんでも辛抱できます。
これを乗り越えればあとは大幅年収アップというニンジンがあるのですから。
ぶっちゃけた話、自分がおいしいから猛烈に頑張っている、それだけのことではないのでしょうか。
果たしてこの幹部の人が思っているように、仕事がとられるから、もしくは他社からとるために頑張っているなどという次元なのでしょうか。

では日本企業にはそういうニンジン(インセンティブ)を用意している会社がどれだけあるのでしょうか。
係長より残業代がつかない分、むしろ給料が減るような課長職。
莫大なインセンティブを用意しろとまでもいわなくとも、これでは話になりません。
まさに悲哀の中間管理職といわれる所以です。

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2010/05/15

D-TR1買ってみた(2)

USB-HDDを入手したので繋いでみる。
2.5インチで電源はUSBから取るタイプなので一本つなげるだけ。
この機械での初期化は必要なので、登録・初期化・テスト。
あっけなく動作して特に何も書くことが無い。

あれこれ録画予約でいじっていて思ったのだが、全体に動きが軽い。
REGZA Z7000との比較になるが引っかかり感がかなり軽減されている。
設定をいじっている程度であればあまり感じないが、予約をいれたり確認したりとUIを動かしまくっているとふと感じるレベル。

D端子、つまりアナログでも繋いでみたが、十分に綺麗な発色をする。
PC系のものだとこういうところを手を抜かれたりする(というかAV機器として必要なレベルをわかっていない)ものだがさすがは普通にAV機器を売っているメーカーといえる。

ステータスランプは電源ランプと録画ランプがある。
録画ランプは録画中は赤、予約は橙、そのほかは消灯。
個人的にはこういうものは常に予約は入れてあるものだと思うので、録画中の赤は別として橙はいらんかなあ、とも思ったりする。

写真ブラウズも確認してみる。
写真ファイルで何種類かをSDカードにコピー。
残念なことにWX310SA(WillcomのPHS)で撮った写真がみれない。
サイズが0×0に認識されてサムネイルも選択して決定しても表示されない。
他のデジカメ4種類ほどではいずれも問題ない。
まあ、そんなに使うものでもないし、それで撮った写真もさほど多くも無いのでまあいいか。
表示速度は悪くないし。
お気に入りの写真をSDにいれ、SDは入れっぱなしでフォトフレームとして使うのもありかもしれない。
ファンレスの機器だとそういう発想ができる。

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2010/05/12

D-TR1買ってみた

D-TR1とはいわゆる地デジチューナーのひとつである。
地デジへの移行に従い、テレビを買い換えるという選択肢もあるが、従来のテレビをそのまま使うためにチューナーを買い足すという考え方もある。
いわゆるハイビジョンテレビでも地デジチューナーがついていないものもあり(うちの液晶テレビもそうだ)、それにもなにかの対策が必要となる。
またブラウン管のハイビジョンテレビもそういうものが多い。

地デジチューナーと書いたがこれはBS/CSも受信が可能。
データ放送への対応や電子番組表もハイビジョンテレビとなんら変わらず手抜きは無い。
ネットワーク経由のデータ通信にも対応している(逆にダイヤルアップには対応していない)
さらにチューナー機能にとどまらずUSBハードディスクへの録画やSDへのワンセグ録画(携帯電話での再生用としている)、またSDメモリでの写真表示(スライドショー)までも対応している。
SDメモリは64GのSDXCまでもサポートしているのはさすがSDメモリメーカーとしても代表格である東芝であるといえよう。

USB-HDDの録画機能対応においてはREGZAと同機能以上となっている。
HDDはは複数接続できるし、USB-HDD同士のムーブもきちんとできる。
ただしネットワークディスクへの録画はできないのは残念か。
また、ある形式で本文を書いたメールをPOPサーバーから取ってきてそれに従い録画予約をする、という機能まである。(これはレコーダーのRDシリーズでも実装されておりREGZAにもある。)

外部出力はD端子(D3=1080iまで)とHDMI端子(1080Pまで)に対応している。
黄赤白端子もある。光音声が無いのは多少残念。
赤白音声は2chダウンミックスには対応している。
S端子が無いが、まぁ、仕方ないか。今でも後ろパネルはいっぱいである。

ではチューナーとしての基本機能をみてみる。
チャンネルの切り替えは速い方だと思う。
ボタンや選局送りなどでデジタル放送としては悪くない速度といえる。

番組表のレスポンスも良好で文句は無い。
文字のサイズは5段階で切り替えられこれも好きなのを選べる。
1080PのHDMI接続なら最小にすると良好。
日時ジャンプもREGZA同様の移動方法でこれも良い。

EV2334W
にHDMIで繋いでみたが非常に良い。
このモニターの色のバランスのよさがよくわかる。
モードによってエンハンサーがかかりすぎの気もするのが調整すれば解消する。
簡単にはPictureモードにすると軽減するし、その色バランス等も悪くない。
そのせいかなおさら音のへぼさが際立ってしまうのが残念。

購入したのはAmazonで2万ちょい。
入荷が数週間かかるとあったので月末くらいを覚悟していたのだが良い意味で裏切られ、一週間程度で届いてしまった。
箱は思ったより小さく軽い。
出してみると、本体の大きさはCDケースの1.7倍くらいか。
リモコンはチープすぎず、ボタンの大きさもよく、配置やボタンはよく練られていると思う。
値段の安いチューナーはリモコンがチープすぎて残念なものが多いが、これは良好。
ただ、番組表ボタンが小さい丸ボタンに割り当てられているのは残念。
クイックと番組表ボタン(これは横に長いボタン)とが逆のほうが良かったのではないかなあ、と思ったりするが、逆に言えば他は文句が無い。
テレビ側の操作ボタンも、テレビ電源とテレビ入力切替、音量が対応しており、テレビのリモコンを持つ必要をなくして普段使う上での不自然さを最小限にしている。
普通に「テレビに電源をいれて見る」には問題ない。

なんといってもチューナーのみではなく録画機能までついてくるのだから安いといえる。
BS/CSもきちんとついているのだから。

録画機能チューナーということで最近PS3+トルネというのがよく言われるが、たかが地デジの録画つきチューナーで(最新のPS3でも)100W近くも食うのはどうかと思う。
しかもトルネはBS/CSがない。
確かにPS3ならではの異次元の操作の軽快さ、面白さというのは否定はしないし、ネットワーク経由で注目番組ランキングとかはも面白いとは思う。
が、所詮はギミックという気がしないでもない。
普通に家電らしさという点ではこの機械は実に良いものだと思う。
この本体にファンなどは不要でついていない。
2.5インチHDDのか、ファン無しの3.5インチHDDのもあるからそれをつければファンレスで済む。
この本体には2.5インチHDDのが似合う。
そのうちSSDのも出てきたり、USBメモリ(が使えるかは試したことは無いが)の大容量でゼロスピンドルというのもありかもしれない。
USB-HDDに録画できても録画した本体でないと再生できないため、困ったりする。
ところがこのチューナーなら小さく軽いので、HDDと、ついでにこの本体を持っていく、という発想もできる。そのぐらい軽い。

今まで使っていたテレビにつけるのが基本だろう。
4:3のテレビ対応として上下に黒ふちをつけて横長表示するモードもある。
また、最近多い1920x1080のHDMI付きモニタに繋ぐのも良いだろう。
「テレビ付きモニター」となると意外と値段差があったりするから(もちろんモニターとしての質も相応にしているせいもあろうが)、これを後付で考えるのも手だろう。

別の言い方をすると、REGZAの一部を切り取ってきて箱に入れたという感じだ。
OSD(UI)を見てもそういう表現が近いと思う。
これは店頭にはなかなかおいていないとは思うが、REGZAならたいていの家電店にあると思うからその感覚が気に入れば、これを買って間違いはないと思う。

実はまだUSB-HDDをつけての録画再生の使用感はHDDが今手元にはないため、それはつけてからまた別稿にて書きたいと思う。

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2010/05/04

3Dテレビみてきた

なんか最近3Dとか騒がしい。
アバターのような映画での話ならかまわないのだが、テレビでも3Dとか言い出している。
テレビ局でのプッシュの様相も少々度が過ぎている気がする。
まあ、とりあえず見てみないと話しにならないのでとりあえず保留していたのだが。

パナソニックが対応テレビをだしはじめているので見てきた。
正直に言えば残念ながら期待を上回ってはくれなかったという感じ。
展示方法でわかる残念さは、明かりが入らないように上にフードつけていたこと。
まず最初に直感的にこれはどうも怪しいと感じてしまう。

これには2つ理由が考えられる。

一つは画面の暗さ。
液晶シャッター方式では原理的に目に入る光量が半分以下になってしまう。
両目ずつ交互に映像をみせているのだからどうしようもない。
あと、液晶のメガネ自体も100%光を通すわけではないからそこで光が減ってしまう。
つまり同じ明るさでみせるのであれば、2倍以上の明るさにする必要がある。
明るさを倍にするのはとんでもなく大変なことは理解した上で敢えて言うが、すごく残念な結果になっている。
メガネを着ける閉塞感と相まって、この暗さによる窮屈感や貧乏感を禁じえない。
見ると確かに立体なのだが、なにか安っぽい液晶テレビを見ているような錯覚に陥ってしまう。
別の言い方をすれば色のついているサングラスでテレビを見ているような不自然さもある。
せっかくハイビジョンで高画質というはずなのにその点がスポイルされてしまっているような気さえする。

シャープの液晶での3D対応では画面光量を1.8倍にするそうだが、それでも本当は足りないと思うが、まあ一割減くらいなら妥協点かもしれない。

もう一つは対蛍光灯のフリッカ感だ。
メガネを通して蛍光灯の光を見るとかなりフリッカしている。
画面は60Hzの倍数で、蛍光灯は関東だから50Hzのはずなのだが、結構フリッカしてみえる。
原理的に関西の60Hzのほうがひどいことになるらしい。
メガネをスタンドで固定しているのだがこれを気付き難くするためではと勘繰ってしまう。
フードがあるのは画面に蛍光灯が映りこんだ場合、それがフリッカするからだろう。
(特にプラズマテレビの画面は映りこみしやすいということもある)
一般家庭でもどうしてもある程度は映り込んでしまう場合だってあるだろう。
どうするのだろうか
ちなみに最近流行のLEDランプも同様だそうでAV雑誌でも指摘されている。

さて、肝心の立体感だが、暗さのせいと、試聴距離が遠いので画面がそもそも小さい。
先に書いたようにメガネはスタンドで固定なので距離は変えられない。
確かに立体には見えるのだが、何かカキワリ感というか自然さがない。
立体視差にだけ頼っている限界なのだろうか、とも思う。
私はひねくれものなので、デモ映像をわざとメガネをかけないでみてみる。
そういう観点でみるとメガネがない状態でも比較的立体に見えるような構図で頑張っているのが見て取れる。
なんというか、素人騙しという感じを否めない。
パナソニックは3Dのためにパネル画質を向上させて用意したそうだか、メガネを通した映像にはその説得力がないのが残念だ。
なにがなくても明るさ、とはAVの世界ではよくいわれるが、まさにそこで躓いている。

そう考えるとメガネをかけても明るさが1割減ですむと期待するシャープのテレビ待ちだろうか。
あまり3Dには期待していないし、どちらかといえば、ハンパならやらないほうが良いのではと思っている。
実験的な映画館でもっと磨くべきではとも思う。
今回こそが3Dテレビの本命、といわれるがまだまだかなあ、という感じてしまう。

実をいえば3Dについてはもっと言いたいこともある。
そもそもながら見をするようなテレビで、わざわざメガネが前提というのは疑問がある、とか。
そういう話はおいといて、取り敢えず現状を見るとこんな印象を受けたということで。

何年か経ったらこんなのは杞憂だったと一笑に付すことができればよいのだが。。

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2010/05/03

起訴相当ってなに?

この数日、小沢一郎民主党幹事長に対して「起訴相当」なるものがでてきて、また騒がしくなっているようだ。
私は初めて起訴相当なる言葉を知ったのでgoo辞書を引用してみる。

検察審査会において不起訴処分の適否を審査した結果,事件が起訴に相当すると議決すること。検察官がこの議決を認めれば,起訴の手続きがとられる。検察官が不起訴処分を維持した場合,検察審査会が再審査の後,起訴すべき旨の議決を下せば,検察官の判断にかかわらず起訴の手続きがとられる。

要するに、検察がどう思おうが検察審査会なるものが「起訴すべきだ」といえば起訴ができるってことらしい。
いうまでもないが検察は起訴を断念している。
じゃあ、検察審査会ってなにってことになる。

公訴権の実行に関し民意を反映させて適正を図るための機関。検察官が下した不起訴処分の適否を審査する。地方裁判所またはその支部の所在地に置かれ,審査員はその区域の有権者の中から抽籤(ちゆうせん)で選出される。11 人の検察審査員からなり,任期は 6 か月。

要するに素人といえば素人の判断。
それにしてもこんな制度があるとは知らなかった。
要するに検察が身勝手に起訴・不起訴の判断をして、刑事事件に相当する案件に関して捻じ曲げることをしないようにするため、の制度のようだ。
例えば、記憶に残るJR福知山線の脱線事故などは起訴相当と決議されたものらしい。
確かにそういわれれば必要な制度だと納得できる。
民事として賠償とかのレベルにとどまらず、刑事的責任を追及してしかるべきだと私も思ったが、検事は刑事的責任はないと考えたのだろう。
そのあたりの感覚の差を埋めるためにあるものといえる。

そこで小沢汚職問題。
確か検察が断念したのは嫌疑不十分、つまり証拠がそろわないとかそういう理由でやめたのだと伝えられているわけだ。
ぶっちゃけていえば仮に起訴しても有罪に持っていけない、って判断だ。
では今回起訴相当で起訴に持って行ったところでどうするのだろうか。
その点が理解ができない。
検察の判断で刑事罰不相当、という理由で断念したのであれば起訴相当の意味は大きいが、起訴しても無理と判断しての取りやめなのだから。
そうすると「起訴する自体が目的なのでは?」と考えざるを得ない。

問題なのはこの起訴相当、によって民主党への不当なバッシングが起きたり、内部不和などがことさら報道されることである。
またことさら小沢氏への説明責任とか出てくる。
民主党に対する様々な問題や当然すべきバッシングは否定しない。
それは私も前にいろいろと書いているのでここでは書かない。
そういう形での批評批判はおおいにすべきだと思うが、こういう起訴相当みたいな形でいびつなバッシングが起こるのはなんとも納得がいかない。

起訴相当というのは高々抽選で選ばれた一般市民11名の判断に過ぎない。
これをもってことさら騒ぎ立てるのは明らかにおかしい。
騒ぐのは起訴が決定して裁判になってから、もっといえば判決が出てからであろう。

起訴されるのであれば罪人同様、みたいな勘違いをする人も多いのも困ったものである。
日本ではなぜか起訴されると有罪になる可能性が極めて高い。
世界的平均から見ると異常というか恣意的にしか思えない確率という人さえいる。
それゆえの勘違いなのだとは思うが。
そういうのを利用してなにか世論を動かそうという感覚がどうにも納得がいかないのである。

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2010/05/02

ATOMマザーボード D510MO買ってみた

前から買おうと思ってそのままになっていたのだが。
ITXマザーで低消費電力、要求の低いサーバー用途には適していると思ったからである。
確かこれのメモリーは前に間違えて買ってしまったものがあるはずでとりあえずマザーだけ買って帰って確認してみると正解。
ただせっかく800が使えるのに667になってしまうのは少々残念なところもある。
容量は2Gあるし、そんなにシビアな話でもないので改めて買わずに流用するとことする。
しかし間違えて買ってからもう2年も経つのか。。

まずはメモリと電源を挿し、USBのキーボードとDVDROMドライブを挿す。
これだけでとりあえずは動くのはオールインマザーの良いところか。
モニタを繋いで電源を入れてみると特に問題ないようなので、MEMTEST86を走らせてみる。
一時間も放置すると終了しており、特に問題なし。
CPU(というかフィン)も特に熱いという感じもなし。

S-ATAで余っていたHDD320Gを繋いでCD-ROMからDebianインストール。
あとネットワークケーブルも挿す。
と、うまくいかない。
途中までは良いのだが、ネットワーク設定でDHCPサーバーからの取得がうまくいかない。
ふとみるともう3年も前のインストールディスク。
そこで新しいインストールイメージを採りにいく。
ふと、そういえばATOMは64ビット対応のはず、ということでIA64のインストールディスクイメージを焼いてやってみる。
うまくいかない、というかインストーラーが起動しない。
さっさとあきらめてx86のディスクイメージにする。
まずは基本は全部おまかせ、何もオプションでいれない最小構成とする。
最後まで特にトラブルも無く進行。
reboot後はsshだけはいれてデスクトップマシンからログインできるように構成。

どのくらいのパフォーマンスがあるのだろう、ということで、現在のサーバーで以前に試してみたSuper_pi(pi=3.14・・・を計算する奴)をそっからftpでgetして動かしてみる。
標準的にはパラメータ19程度らしいのでやってみるとだいたい33秒程度。
現在のサーバーでだいたい77秒くらいかかるので単純にも倍以上は速そうだ。
ちなみに現在のサーバーはVIAのC7、1GHz(だったかな?)。
ところでATOMはデュアルコア。ところがSuper_piはシングルタスクでの動作のようだ。
つまり実処理で言えばもっと差があるはず。
まあ、あんまり細かいところまで調べる気はないのでとりあえず動作確認をしたというところ

あとはHDD買ってからだな。
2TBもたまに一万を切る感じで安くなったのでそれを2つ買ってRAID1を組むとするか。

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