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2010/03/30

PS3機能削減のお知らせ

リンク: PlayStation.com(Japan) | インフォメーションセンターからのお知らせ

いわゆるLinuxインストール機能が削減されるとのこと。
なんか色々書いているけれど要するに
A)Linux起動
B)PSN等のアクセス+以降の新発売のゲーム+メディアプレイヤー
以降はどちらかを使用できなくするという。
それまではどちらもできていたのだから、どちらを選んでも機能の削減となる。

基本機能の一つとして紹介して売っていたものをできなくするということはどういうことなのだろうか。
ソフトウェアアップデートによって機能を増やしたり、後継機種と同等にしたりということは行われてはいるが、減らされるというのはかなり珍しいケースといえる。

これは国内では未発表のようだが欧州ではPSNの接続について、従来は無料だったのを有料にするということも伝えられている。
有料だけのサービス。
XBOX360でのような無料とプレミアムの2本立て、というわけではないと明言しているらしい。
当然ながらコンテンツ配信やネットワーク機能を使ったゲームではPSNに接続しないといけないわけ。
強制有料に移行するというのは、ネットゲーム対応やネット配信コンテンツ受信機能の削減ということになる。

新機種が出て、それが機能削減されたり制約が増えたりならば別段異議はない。
しかし既に買ったものに対してソフトウェアアップデートができないように仕向けたり(するとLinux起動ができなくなるのだから)、アップデートによって機能を削ったりというのはどうかと思う。

私はタブーだと思うのだが、それをやってしまうソニーはいったいどうしてしまったのだろうか。

続きを読む "PS3機能削減のお知らせ"

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2010/03/25

EIZO EV2334Wを買ってみた

液晶テレビにUSB-DD1を繋いでいたのだが、やはりどうにも解像度(画素数)が少ないのが気に入らない。
どうにも我慢ができなくなってモニターを物色し始めた。
とりあえず1920x1080であることを条件に店などを廻ると2万円程度と安いものがある。
しかしどうにも色が悪かったりそのくせ画面がテカテカ反射しているものだったりと流石に満足がいかない。
そう思い、良いのを探すとこれが結構高額だ。また画面がでかすぎる。

うだうだしているうちにAmazonでEIZOのEV2334Wが目に留まった。
36000円程度と手ごろに思えた。
調べてみると割と評判が良いようで階調や色合いの自動キャリブレーションもオプションで測定器をつければ可能の様子。
それならば画質も悪くなかろう、という勝手な思い込みでえいやで購入してみた。

着いてからのセッティングしてUSB-DD1を繋ぐ。
これもVESAマウントがあるためねじ止めする。きちんとねじが同梱されていた。
22型だからなのかちょいと窮屈な感じがある。
ケーブルとかが上面からみて飛び出る感じになるのは美観的にちょっとマイナスかな。
まあ、気になるものではないが。

スピーカーであるがこれは実にプアだ。
ネットブックHPminiよりも音質が劣る。
もっともHPminiは小さい割には良い音ではある。実はヒンジの金属の部分がスピーカーの穴になっており構造も良いのか意外ときちんとした音を出してくれる。
スピーカーがプアなのは例えば何かHDMIで接続しても音はまた別口での接続ということで残念な話になる。
それにしても安いモニタはどれも音質が話しにならないレベルのようだが、これも多聞に漏れない。

画面表示は期待通りに良い。
階調表現や色合いは写真などを表示させればその良さは良くわかる。
なんというか、作りだしたよさではなく、ごく自然によい感じがあるというのがいい。
ネットブックでは潰れてしまっている諧調や色の変化などもきちんと再現されている。

テストパターンも用意していたので確認してみたがかなり良い。
きちんと作りこまれ、調整がされているなというのを感じる。

あとエコセンサーで人がいるかどうかを検知して省エネするらしいがどうも誤動作する。
前に座っているのにいないことにされてしまうのだ。
省エネで良いのは、例えばPCをきればオートセーブで待機状態に移行する。(電源ランプが橙)
またすぐにつければ普通に再度画面が出る。
これはよいのだが、しかしこのときの待機状態の消費電力は結構高いらしい。
特にデジタルの場合、信号があるかなしかの判定のためのICを動かす電力の問題があるらしい。
そのためか、このモニターではしばらくたつと完全に電源を切る状態に移行する。(電源ランプが消灯)
この状態ではPCの電源をいれても画面はでない。電源ボタンを押して初めて画面が出るのだ。
これは別に面倒でもなくむしろ電源を段階的に切ってくれることはありがたいと思う。

ここまでがざっと見たところの話で、また設定調整とかほとんど見ていない。
また、DVI接続時のPCからのモニタコントロールとかも未確認。
それらは追ってやってみてまた書こうかと思う。

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2010/03/23

3D-NDS発表

リンク: 任天堂、新型携帯ゲーム機「ニンテンドー3DS」発表 -GAME Watch

「裸眼立体視」できる液晶を積んだDSということのようです。
おそらくはシャープの3D液晶を積んだものとなるのでしょう。

メガネを使った画面とは違い、普通にみて立体に見えます。

「シャープ 3D液晶」あたりで検索をするとわかりますが、業務用の液晶モニターや携帯電話、ノートパソコンを発売しており、実は“珍しいもの”でも“新技術”でもありません。
当然ながらこういうものはコンテンツが重要であり、一方で実験的、サンプル的なものしか出なかったためあまり世間ではあまり知られていないようです。

原理としては一枚の液晶画面に視野角の非常に限定された液晶の画素を配置しています。
液晶の短所としてよくいわれるのが視野角の狭さなのですが、むしろそれを逆手にとって利用しているわけです。
他社でなかなかできないのはこの視野角を制御するという技術です。

右目用に調度良い角度にすれば右目にしか見えない画像になります。
これは左目には視野角の問題で見えないというのがポイントです。
左目用のほうも同様です。
当然それぞれには右目用と左目用の画像を表示させます。
これを一画面におけば脳内で見事に立体画像となります。
切り替え・時分割などは不要なのでメガネなど無しに普通に見れば立体に見えます。

この視野角は動的に設定することもできます。

これも既に携帯電話に採用された液晶で世に出ています。
普段は割りと広い視野角で見れるように設定したほうが見やすいわけですが、横から覗かれるのが嫌なときにはボタンひとつで視野角をわざと狭くして真正面からでないとまともに見えなくすることができます。

おそらくは3D/2Dの切り替えはもちろんのこと、この覗き防止機能も搭載してくるでしょう。
とても楽しみです。

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2010/03/22

Suicaポイント適用カード拡がる

モバイルSuicaやViewだけだったSuicaポイント。
今回の改正で定期Suicaや記名式Suicaでも使えるようになったとのこと。
私は定期で使っていたので早速登録しました。(定期の場合は記名済みです)
メアドと郵便番号の個人情報追加だけで使えるようになります。
あとはSuicaのカード番号、IDとパスワードを自分で設定します。(ポイントの確認や設定変更に使います)
名前を漢字でもいれますが、任意だったと思います(私は入れましたが)。
Webから登録するとメールが届くのでそのリンクに飛んで確認を押します。

ポイント自体は0.5%か1%程度の還元率ですが、会費などがかかるわけではないので金銭的デメリットは無し。
手間でもSuicaで支払うならどっちにしろSuicaでタッチするのですから手間は同じ。
小銭を出すのが面倒なので可能ならばSuicaで決済する私にはメリットが大です。
それで勝手にたまるのですから。

もともと高い安いで言えばSuica提携店で買うものではない、というのがあります。
特にSuicaポイント対応の店は少ないです。
もともと一般品をSuica対応店で買うのは利便性を優先してのもので、値段ならスーパーや安売り店などで買えばかなりお得なのはいうまでもありません。
ですから倹約家にはそもそも無用なものなのだと思います。
そういう意味でSuicaポイントというもの自体が微妙なものなんですよね。

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2010/03/21

神社仏閣と市有地問題

テレビ番組でやっていたのだが、凄く不思議な感覚を受けたので取り上げる。
例えば神社の一部が市有地だったり、市有地内に神社や祠などがあるのが問題である、ということだ。
違憲状態であるという。
北海道で違憲訴訟があり、最高裁で違憲判断がされたという。
その憲法とは

第89条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない

いわゆる政教分離の原則である。

大問題なのはこのような状態にあるのは日本全国で1000を超える場所があるという。

例えば、道端にある道祖神や、ぽつんとある御稲荷(御狐)様など、日本人なら近所に何かしらある野を目にしていると思う。
きちんと像の形をしたものから単なる石の場合もあるだろう。
住職・神主・氏子さんが管理しているものもあるが、誰も管理しておらず、近所の人や有志のかたがたが掃除をしたり修復したりしている場合もあるらしい。
まさに八百万の神の状態で、「宗教」というレベルではないものも多いと思う。
私も民俗信仰や文化・慣習の類のレベルではないかと思う。

さて、市などの制度、そして憲法ができたのはたかだか60年程度前の話。
一方でこれらのものはもう記録などないものも多いくらい昔の話で、それこそ大和朝廷の時代とか、そこの土地が開拓されて以来あるとか、そんなレベルのものばかりではないだろうか。
たいがいがその土地が開拓され、しばらくして家も建ってある程度人が増えてくると、心の拠り所や冠婚葬祭を仕切るところ、近所の寄り合い場所として神社仏閣が必要となり建てられる。
日本全国、ほとんどの土地では盆には夏祭りが行われる。
盆踊りなどはご先祖様供養である。
比較的裕福なところが氏子さんとなり寄進したりして運営される。

近年で言えば明治時代に宗教は国家運営となった。
政教分離の話どころではない。
その跡に、日本は太平洋戦争敗戦を受けて占領下におかれ、現在の憲法が制定された。

不思議なのは、このような憲法が制定された時点で、きちんと整理がされていなかったということだ。
番組で紹介されていた例では、調べてみると神社の一部が実は市の持ち物であった、というものだ。
基本的にはこのようなケースは神社や寺による買取という方針で進められているとのこと。
まあ、これはいいとしよう。

別の例では御稲荷様を地元業者が(つまり土地の所有者が)別の場所に移動して、その土地を市に譲渡したという。
住宅開発の地域の隅に置いたためもう自分が持っていても別に利用できる、する気もないから譲渡したのだという事情なのだろう。
不動産税の問題もあろう。
市もそれを受け入れて「放置」していたのだと思う。
手入れは地元や有志の方々がしているのだろう。
それが今回の件で問題として浮上してしまった形だ。

さて、テレビでは追求していなかったのだが、これは憲法違反なのだろうか。
分解して読むとこれの対象者は
・宗教上の組織若しくは団体
・公の支配に属しない事業
この御稲荷様の状態は「宗教」といえば怪しく、これに関連する特段の組織や団体は少なくとも存在しない。
誰かによる事業活動も認められない。
御稲荷様に供物をしたり手を合わせたりする人はいるかもしれない。
しかしそれは組織や団体ではない。

それにしても世知辛い話だ。

もちろん、公が特定の宗教法人に便宜を図ったり、ましてや宗教なんだか怪しげな団体に宗教法人として便宜を図ったり、逆に宗教法人から選挙協力を得たりなどは厳に取り締まるべきだと思う。
そもそも政教分離とはそういう相互便利の積み重ねで政治がゆがんでしまうことを防ぐこと、
それによる害、一部の者だけが不当に公益を得ることを排除することにあるはずだ。

文化や民俗信仰というレベルのものまで“宗教”というくくりにして排除しようというのはどうなのか。
実際に“文化財産”というくくりで今まで通り維持して行こうと言う判断をしている地方自治体もあるようだ。
(総務省としては地方判断に任せるという見解とのこと)

ちなみに最高裁の判決では、判断不能という判定を下したひとが4人はいたという。賛成9人、反対1人と言っていたと思う。

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2010/03/20

地球温暖化とか

私はきわめて懐疑的な見方をしているのだが。。
とりあえず、日本が25%削減云々に関しては馬鹿馬鹿しいというしかない。
ここまでくると二酸化炭素排出と地球温暖化の因果関係などもうどうでもいい話だ。

25%を行うにあたり前提条件をつけ「大国が意義ある目標を持ち」ということをつけたのは一定の評価をする。
なぜならこの前提条件は決して成立する条件ではない、と私は思っているからだ。
つまり成立しない前提条件をつけてものをいっているわけで実は空虚な発言なのだ。
太陽が西から昇るくらいの気持ちに見える。

そもそも日本はきわめて小国であることの自覚が足りない。
GDPやらは高いが、面積は欧州の一国程度であり人口も世界で10位という小ささ。
GDPあたりの二酸化炭素排出量では他国からみてダントツの少なさを誇っている。
欧米の1/2、ロシア、中国と比較すればさらに半分以下という調査結果もあるようだ。
要するに、世界でも随一の省エネな生活や生産などをとっくに行っているのだ。

国土面積でいえば、日本国内での森林伐採がどうのこうのいわれるが、話が小さすぎて話にもならない。
道路を建設するために森林伐採をすることが・・などというのは実に地球規模にしてみれば、どれだけの問題なのか。
むしろそういう建設のためにかかるコストが国民に強いる負担のほうが問題だろう。

世界規模でいえば、現在“砂漠化”の速度は一年で九州+四国が全部砂漠になるほどだそうだ。
実際には砂漠だけが問題ではない。
枯地やら荒地になっても二酸化炭素の保持能力の喪失という点では同じだ。
これらの面積も半端ではなく砂漠化を含めれば年間で日本国土ひとつ分という話もある。
南米ブラジルの発展によってアマゾンの緑地がどんどん失われ・・というのはだいぶ前から言われていることだがその勢いは減るどころか増えているのではないか(調査結果などはみつからなかったが)。
ブラジルはいうまでもなく急進的発展をしている諸国・BRICSの最初のBの国である。

余談になるが、砂漠ではなく砂丘であるが、鳥取砂丘では今、砂丘がなくなることへの危機感があるそうだ。
放っておくと植物が生えてしまうそうだ。
貴重な観光資源であるから、今、必死に草取りなどをして砂丘を守っているとのこと。

もちろん小さな積み重ねが地球を守る、という論はわかる。
あまり良い比喩ではないですが、一円単位でキリキリと節約倹約しているそばで平気で浪費するひとと家計を同一にしていたらどうだろうか。
ここでいう家計の同一は避けられないことです。地球はひとつですから。
それでも自分だけは一円単位で節約倹約する生活をしますか?
私は嫌です。バカバカしすぎます。

ぶっちゃけ、仮に日本が消失しても二酸化炭素排出で地球に与える影響なぞ果たしてどの程度のものなのか。
意義のあることとは私には理解できません。
まあ他国と足並みをそろえるぐらいのことはすべきでしょう。
しかしなんの意味があって率先しなければいけないのか。

さらに目標到達できないと排出権とかいうもので他国に金を払うとか、正気の沙汰とは思えません。
どうやら兆単位になるような話もあります。半端な金ではありません。
財政破綻といわれる国家財政の中で正気とは思えません。

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2010/03/19

民主党・内閣支持率低下

まあ、支持率がじりじり下がっているようで。

政治と金の問題とか、脱税がどうのこうのとかいうのを理由に挙げている人もいるけどなんだかなあ。
政治家と金での癒着なんて当たり前じゃないの。
清廉潔白な人が政治家、特に上になんか上がれるわけないじゃない。
叩けば埃が出る、当たり前すぎてそれで騒ぐマスコミやましてや野党のわめきなど滑稽に見える。

そんなことよりマニフェストが殆ど実行されないことに呆れてきているんじゃないの。
・子供手当て
今度だけで翌年からは半減とか・・意味無いじゃん。
外国人への給付問題とか金持ちへの手当てもあるとか意味わからない。

・高校無償化
扶養控除の削減とか、ありがたさも半減になってしまう。
朝鮮学校やら各種学校まで給付を検討とか論外でしょう

・高速道路無償化
ごく一部限定。
そもそも予定額の1割にも満たない予算計上でほとんど何もできずグダグダ。
なにやってんだ。
で、財源無いはずなのになぜか2兆5000億だったかが「余ってるから」を高速道路建設に使おうとかなに考えているようで叩かれている。
その金を無償化に当てれば最低一年は全区間無償化できるのではないですか。
たとえ一年だけでも実験で全国無償化をしてどうなるかやってみるっていうのは意味があると思うけどな。
あんな細切れで地方だけ無料にして何になるのか私には理解できない。

・揮発油暫定税率廃止の見送り
一般財源化にだけするつもりのようで暫定税率は維持でガソリン代下がらず。
ガソリン代は地方のものにとっては支出に直結する話。
毎日通勤やらで自動車で移動する人間にとってはGSの表示を見て今日は下がっただのあがったなど見ている数字で実はすごく身近な数字なのだ。
野党のときはあんだけ必死に一旦無い状態に持ち込んだのにな。
税収が足りないからとかふざけんなって感じ。
受益者負担の原則で言えば特定財源のほうが正しい。
特定財源の問題といわれる無駄遣いとかふざけた使途については事業仕分けやら公益法人そのほかの見直し・監査強化で一掃すればよい。
特定財源でも税金支出なのだからいい加減な監査でよいと考えるほうがおかしい。

・公益法人などの見直しが皆無
事業仕分けも数割やっただけで終わりなのか。さっさと全項目やれ。
天下り問題もなんも成果が見えてこないではないか。

・公務員給与の見直しなどなんもしていない
この不景気で賞与も怪しい中、なんで公務員だけいい給料と賞与貰ってんだか不平不満。
しかも国から地方まで総赤字・借金漬け状態なのに。
これからは国家なら税収減や国民減したら賞与削減昇給据え置き、地方ならそこの税収や市民という感じである程度は業績反映制度にすべきではないのでしょうか。
最低でも国・地域の平均給与連動にはすべきだと思う。

・普天間問題、八ッ場ダムやらのグダグダさ。
論議が無茶苦茶。いろんな意味で。
普天間に至っては与党連合の社民が検討する価値もない提案をしたりとあきれてしまう。

そんな怠惰な反面
・外国人参政権
・夫婦別姓制度化
とかどうでもいいというかむしろ害しかない議題が上ってくる自体が問題。

外交にしてもおかしい。
経済を萎縮しかねない二酸化炭素25%削減発言とかいらんことをしている。
普天間問題で米国と話ができていないし。
過去の核持込問題を穿り出してでなんかややこしいことになっているし。
これも余計なことだ。

まあ、自民党もたいがいだったが、民主政権になってからもろくな成果がでてきていなく、余計なことをしているから支持率が下がるのだろう。
民主政権で期待してしていたことがいまだにほとんど進んでいないことへの失望感もあるのだと思う。
ごく当然な結果なのだと思う。

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2010/03/18

PS Moveの遅延

リンク: 【後藤弘茂のWeekly海外ニュース】 PS3の切り札になるか。「Arc」改め「Move」モーションコントローラ.

SCEAはGDCでのプレスカンファレンスのプレゼンテーションや技術展示での説明の中で、PlayStation Moveモーションコントローラの技術上の利点を強調した。具体的には、高い精度、低いレイテンシ(22ms)、4コントローラまでの多人数プレイ、少な いCPU占有率(1個のSPU)といった利点だ。    

低いレイテンシ(遅延)というがこれは低いのか。
通常の60fps(frame per sec)とすれば、これは1.5フレームに相当する。
よく液晶テレビ(実際にはプラズマでも同じなのだが)でいわれる遅延。
個人差はあるが鋭い人で2フレームあたりから感じだし、3か4あたりだと普通の人がわかり始める領域、5フレームあたりだとかなりの人が感じ始める、と私は様々な経験から思う。
遅延というのは、操作に対する遅延と、音と映像の差による遅延の感じ方の2つがあるのだと思う。
後者は音も遅らせるということでごまかしがきくのだが(これはリップシンク問題といい、昔から考察されていた)、前者は困難だ。
一般のテレビなどではゲームモード時を設けて映像入力から表示までは2、3フレーム以内には抑えているようだ。
問題はここで、そこから1.5増えるというのは、感じ始める領域にかかってしまう。
0から1.5増えるのであれば問題ないのだが、現実はそうではないのだ。
だからこそ1.5というのは決して無視のできない大きさと私は考える。

さらに言えば実際には操作に応じた描画をしてゲーム機から出力されるまで、1フレームはかかるだろう。

だからこそこれより遅いNatalはあまりリアルタイムという意味では押さないのだろう。
UIとしてみれば面白いのでその方面での活用を考えているのかもしれない。
それはある意味堅実な考えである。
その代わりダッシュボードをNatal対応させるとか普通にやってきそうだ。
Natalを仮想化してあまりNatalを意識しなくてアナログスティックによるポインタとNatalによる操作を両立させてしまう、というのもMSならやるだけの実力と360にはその前提が揃っている。

一方、Wiiでは遅延というのはほとんど0といわれている。
リモコンが殆どの処理をするので台数が増えれば負荷が増えたり遅延が増えたりということは起きない。
「たかがコントローラ」で遅延の要因となるのはありえない、という根本的な思想があっても不思議ではない。

色々理屈をこねても、実際触ってのフィーリングがどうであるか、が最大に問題なのであって、存外問題ないのならかまわない。
ただ気になるのは「操作をしている人の多くがポインタを失わないように恐る恐る動かしていた」、という話だ。
まあ、どこぞからネットでの又聞きレベルの話だから信憑性が怪しい話ではあるが、これが本当ならかなりやばい。
反応が悪く、困るレベルの場合に起きる無意識の行動であるからだ。

もうひとつは対応のソフトの問題。
Wiiでもモーションプラスのプログラミングはかなり難しいと云われている。
たくさんのセンサーを使って総合的にどういう状態か、どういう操作をされたかを判断するのは基本的に大変難しいことだ。
また、それをゲームに組み込むのは非常に難しい。
モーションプラス以前でも同じこと。
だからこそWiiのサードパーティのゲームがいまひとつ出てこないという一因なのは否めない。当然ながら360やPS3のセンサー(SIXAXIS)の状況でもほとんど活用されていないに等しい。
そういう現状から考えると、モーションプラスよりさらに高精度、といわれてもそれをうれしいといえる状況ではない。
要するに少なくともセンサーの総合性能で云えばWiiよりPS3の方が上にも関わらず、活用の度合いで言えば、PS3のセンサーはその存在を忘れられているのではと思われるぐらい使われていないからだ。

Wiiは任天堂が最大のソフトベンダー、であるから基本は問題がないのだが、PS3はそうではなく、実質サード便りであることも問題となる。 36社が参加を決めている、というが、参加を表明するなら“タダ”だ。 過去のハードで“参加を決め”ながら一本もソフトを出さないうちに、そのハードが終焉したなんてことは珍しくもない。

少なくともネットから伝わってくる話で肯定的なものがないのが残念だ。
百聞は一見に如かず。
早く触ってみたいものだ。

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2010/03/17

高校無償化

今朝のTBSの朝ズバでやっていたのだが、現在の高校無償化の問題点を取り上げていた。
すべての(高校生を持つ世帯の)負担が減るわけではない、という話だった。
これは国会でも議論対象になっていたようで、そのことも取り上げていたが、国会の場では先送りとなり採決されたとのこと。

ポイントは2つ。
・特定扶養控除の廃止
・既に行われている授業料無償化

特定扶養控除は特に高校生の年齢の家庭において、扶養控除額が減り、結果としては増税となる。
通常では、授業料の免除によって相殺されて減税となるという制度設計にはなっているようだ。

まず、この時点で問題なのは高校無償化の分、年間12万円の負担減になる、わけではなく、特定扶養控除の分、その負担減の金額は減ることになる。
これは授業料免除のための「財源」を特定扶養控除の廃止によって求めているという実情にあるとのこと。
つまり狭い範囲での「付け替え」に過ぎないということが露呈してしまった訳だ。

それでも負担減にはなるはずなのに、ならないというのは、
実は一部地域では既に授業料の無償化は行われている、ということにある。
公立高校は、市立や県立が多い。つまりそれを運営する県や市の裁量により授業料を決めることができ、所得の少ない家庭に対してはそれを免除=無償化することが可能な権限を持っている。(県や市の予算方針に左右される)
全都道府県ではないが、地域により免除されている。
閾額も異なるがおおよそ年収400万以下がその基準のようだ。

結果として国税である特定扶養者控除廃止により増税となり、授業料は既に無償化されているので負担は変わらない、結果として増税しか残らない。
こういう家庭が少なからず生じてしまう。

まあ、制度を変更するとどこかしらに損得が生じてしまうもので、ある程度仕方がない。
だが、今回は(一部)低所得者には増税、高額所得者には減税という(いまの景気底冷えの中では)やってはいけないことになってしまった。
そもそもこの制度は低所得家庭への負担軽減措置、というのが主目的だったはずだから、ダメなのだ。

世の中には目的が高額所得者への減税、という税制変更もある。
所得税の累進課税の高額所得者への税率低減が行われたのは記憶に新しい。
目的・目標自体の是非の論議は難しい。
しかし目的・目標に対しどうであるか、という評価は簡単だ。
その点でダメなのだから改悪ではないのか、といわざるをえない。

(一部)高額所得者への負担増になりえる、なら、我慢してくれで済む(少なくとも世論として)
ところが(一部)低所得者への負担増というのは我慢で済む問題ではない。
その点でも大問題であり、少数の弱者切捨てという結果になる。

大局的に見ると、この結末は大きな問題を3つはらんでいると考える。

ひとつは予算の“改革”がほとんどできていないことだ。
今回の問題のひとつは特定扶養者控除の廃止にある。
「無駄を削り」財源を確保するといいながら、この政策においての財源の捻出を、対象がほぼ同じ家庭に対しての控除額(=還付額)を減らすことで行っている。
これではごまかしといわれても当然だろう。
無駄を削る、というのは民主党のマニフェストの根幹のはずであり、子供手当てやら高校無償化やら高速道路無償化やらはそれらをやった後のはなしのはずなのだ。
子供手当てや高校無償化が成立してもこれでは全く評価に値しない。
事業仕分けはまだまだ残っているというが、それなら続けてどんどんやるべきである。
このままではただのショーであったと思われても仕方がない。
違うというなら国会運営の裏でも続けてやりつくして欲しい。
仮に主催の2人の議員ぐらい国会審議に参加しなくても構わないではないか。
国会議員など何百人いるのか。
必要に応じて何人か抜けても構わないし、国民の理解は得られるだろう。

もうひとつは官僚のコントロールだ。
これも民主党のマニフェストの根幹にあるはずだが、まったくコントロールできているとは思えない。というか自民党のときと同じ傀儡政権にしか見えない。
すべての省庁に対してそうだとはいわないが、少なくとも今回の高校無償化の議論の中でまともにできているとは見えない。
少なくとも現文部大臣の答弁を聞いていると自分の言葉や考えで行っているとは到底思えない。
もちろんこういう大臣を据えた内閣総理大臣の責任も重いが。

最後のひとつは国家コントロールの問題だ。
地方の時代へ、といわれるが、公立高校はほとんどが県立、もしくは市立、区立などだ。つまり地方による運営となる。
その運営へのやり方に対して国が口を出す、という形になる。(金を出すということは口を出すのと同じ)
要するに逆行しているということだ。
また、地方が既に無償化をしている、という現実に対し、知らなかったのか目をそむけていたのかどうでもいいと思っているのか、まあ、どれでもいいが、いずれにしろ軽んじているというのは確実な話。
重んじていれば成立などさせなかったからだ。

おまけ
傀儡が「くぐつ」で変換できないとは驚いた。
まあ「かいらい」が正しいのかもしれないが私は言葉の響きで「くぐつ」のほうが好きなのでつい入力して変換しようとしてしまった。
MS/IMEはまじめに辞書を作る気がないのだろう。
ちなみにGoogleでは余裕で候補にでてくる。

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2010/03/16

筋が通らぬ社説:朝鮮学校 無償化除外、筋が通らぬ - 毎日jp(毎日新聞)

リンク: 社説:朝鮮学校 無償化除外、筋が通らぬ - 毎日jp(毎日新聞).
筋が通らないのはどっちなんだといいたくなるような社説で絶望してしまう。

 朝鮮学校は、学校教育法で定めた学校ではなく、「各種学校」とされる。授業に朝鮮語を用い、朝鮮史など民族教育に特色があるが、数学、物理など教科学習は、基本的に日本の学習指導要領内容に沿う。
沿うのになぜ各種学校であるのか。 その辺をもっと考察すればおのずからわかるのになぜかやっていない。 それは公の支配化にあるかどうかというところも大きい。 公の支配化に縛られず自由な教育をするからこその各種学校でありその代わり、援助金の類を受けない。 もちろん勝手なことをするのは正に勝手だが、勝手なことをしておきながら金をよこせというのは筋が通らないという社会的通念からもなんらおかしいことでもない。 通念以前のこととして
日本国憲法第89条 「公金その他の公の財産は、公の支配に属しない教育の事業に対して、支出しまたはその利用に供してはならない」
憲法にも明示されている。重要なのは「公の支配」の有無であり、教育事業であることは異論を挟む余地はないのだから、無償化の恩恵を与えてはいけないのは自明の理である。 カリキュラムが日本の教育に準じているかとかそんなことは要件としての一部であって、凄く短絡的に言ってしまえば文部省のいいなりになるかどうかである。 (文部省のやりかたが良いのか悪いのかという議論は全く無関係である)
高校に相当する高級学校は全国に10校(約2000人)あり、韓国籍の生徒も多い。また日本の大学の大半は高級学校卒業生に日本の高校同様に受験資格を認めている。

 この生徒たちは、日本に生まれ育った社会の構成員であり、将来もそうだ。高校無償化は「子ども手当」とともに、社会全体で子供の成長を支えるという基本理念に立つ。その意味で子供自身に責任のないことで支援有無の区別、選別をするのは筋が通るまい。


この論も筋が通らない。
なぜ子供達は韓国籍なのか。簡単な話で親が韓国籍だから子供も韓国籍である、というだけのこと。
では親達がなぜ韓国籍なのか。
いわゆる帰化をしないのはこの日本国に骨をうずめるとは思っていないからだ。
それどころかこの件で「差別だ」とか言い出すに至っては日本国に反感さえもっているように感じる。
その点をもっと考えて欲しい。
子供の教育というが、実際に負担が軽減されるのは親に他ならない。
子供たちには責任がないにしろ(まだ自分での国籍取得の権利がないから)、彼らに日本の社会構成員となりえるのだろうか。
もちろん子供達はどう思っているかはわからないが親の教育を考えるとなじむと考えるには希薄すぎる。

教育が韓国語で行われている、ということひとつとっても、社会構成員となるという前提は苦しいではないか。
いうまでもなく日本社会の公用語は唯一日本語である。
日本の社会構成員として教育される、であれば理由はどうあれ日本語で行われなければ筋が通らない。
日本語を「外国語」として扱っている教育をしているという。
これは日本社会に出たときに大きなハンデとなりえる。
現在の日本社会では日本語が話せるのは大前提として外国語として英語あたりは必須となっている。
そういうごく基本的なところから非常に厳しいことになる。
親が韓国籍を保持しつづけ、韓国語で教育を受け続けた人間が日本社会でやっていけると思うのか。
まさかそういうのを受け入れる社会が必要だとか馬鹿なことをいいださないでしょうね。

もちろん初等や中等で日本語が話せない、実質的に授業が韓国語だけというのは場合によっては仕方ないと思うが、高校にもなって話せない、むしろ話させない教育を受けさせ続けているというのは日本の構成員になろうという気が一切ないと解釈されても当然だろう。

これらはもちろん大人になったら韓国にいくとか韓国系企業に行くということであればなんら問題はないし、まさに個人の自由である。
しかしそれなら「日本社会の社会構成員」ではない。
筋が通らないのだ。

もう一度言うが、これは違憲立法になりかねない由々しき問題をはらんでいるのだ。

各種学校については、無償化法成立後、文部科学省令で高校課程に類する教育をしていることを判断基準に対象を定める。川端達夫文科相が「外交上の配慮などが判断の材料にならない」としているのは適切だ。
これはその通りだ。外交上の配慮を判断材料としてはならないと私も思う。
何度も言うが憲法や法律、教育法などの判断に照らして判断し、筋を通して欲しい。
くれぐれも「○○に配慮して」とかあいまいな言葉で“政治的判断”をしないように切に願う。
法律的に解釈して無償化を除外する、とはっきりと言い切って欲しいものだ。

それにしても筋が通らないこのような社説を“筋が通らぬ”などと打って載せる毎日新聞には失望する。
個人の寄稿ならば別に目くじらを立てるものでもないが、社説ということをもっと考えて欲しい。

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東京都青少年保護条例改正

「非実在青少年」ですか。
うーん。こういうのを法律文の単語として登場させてもいいものやら苦笑するのですが。

年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの
という定義のようですが。
こういう場合、容姿とかが真っ先に出てきそうなものなのですがなんでないんでしょうかね。
下手すると人権侵害とか蔑視とかそういう議論になるからでしょうか。
それなら声だって同じと思うのですが。(ちなみに当然この法案は「人権」問題が基点です)
ところで十八歳以上であれば逆に問題ないというものなんでしょうか。
青少年の健全な成長の保護という観点からしたら、よくわかりません。

記事をいくつか見るのですが、なんかよくわかりません。
・青少年が、これをみることによって引き起こす、犯罪の防止
・成年が、これをみることによって引き起こす、青少年への犯罪の防止
どっちなんでしょうか。法案をみると前者のような気がしますが、
後者の観点での論議も多くありますし、それがこの法律成案の根拠という話もあります。
その辺はごまかして進めているんでしょうか。

まあ、昨今のアニメや漫画はいわゆる実撮影映像のAVや下劣な週刊誌に匹敵するほどひどい有様なので野放しつうのはどうかとは思います。
昔は割りとソフトなものばかりだったんですがねえ。
アニメのひとつとしてのエロ、だったのが最近元がエロで描写のひとつとしてアニメを使っているというのが増えてきたからかもしれません。

アニメ、漫画=子供向けという変な社会的勘違いもあるのかきちんとR指定されることもないのも不思議です。
一番の問題はなぜかR15やR18の区別がきちんとされない日本の業界・社会ではないのかと思います。
いまだに書店やコンビニではきちんと棚が区別されていないこともあるし、子供でも簡単に手に取れる状態になっていることが問題です。

現在でも、ゲームで言えば既にCERO・ソフ倫などで審査がされて区別されているわけで、また、漫画も18禁とそうでないものは区別されています。
アニメでもR15指定とかありますし、現行法でも実際にはきちんと運用すれば区別ができるはずではないのでしょうか。
ところがこんな規制法案を持ち出してくるというのはなにか他に意図があるのではと勘ぐらざるをえません。

問題なのはこの改正が実に情緒的に行われていることではないかと思います。
立法根拠についても「蒟蒻畑」規制でもそうですが、実データに基づいた根拠がありません。
犯罪性と規制との因果関係についても、実証すると否定的な論しかないようです。
禁酒法がよく例に挙げられますが、むしろ規制強化がアンダーグラウンド化を招いたり、犯罪を増やす結果にもなりかねません。

規制内容についても、その対象についても曖昧で情緒的で具体性にかけています。
というか、条文を読んでいて意味がわからないですし、恣意的にいくらでも運用できます。
審査する人を一般民間人からの陪審員よろしく徴用するのならまだしも、特定の審査機関の人間にやらせるようです。
つまり恣意的な有罪・無罪判定ができてしまう、ということに他なりません。

方向性ということではわからんでもないんですが、あまりにもやり方が乱暴で粗雑で感情的過ぎます。
たくさんの指摘があるように副作用が多すぎます。
どうせやるならもう少しまともにできないものなんでしょうか。

最後に一点。
これは都議会、つまり一地方での条例制定レベルの問題ですが、実際には日本全国への波及効果が非常に危惧されるためにニュースで取り上げられたり議論が起きています。
これは外国人の地方参政権が問題視されたことと無関係ではありません。
一地域の条例が、日本全国に影響を与えることは十分にありえることなのです。
この例は東京都だから、という面も確かにありますがそれだけではありません。
たとえ、地方でも参政権というのを軽んじてはいけない、というのはこのことなのです。

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2010/03/13

PlayStation Move

SCEAプレスカンファレンス「PlayStation Moveはモーションセンシング型コントローラの完成形である」と自信を見せる
ようやくお披露目となったようで「完成形」と言っているが、ぱっと見ではWiiのリモコンと大差がないし、両手持ちの様子とかも同様に見える。
完成形というのは改良を重ねてある形にたどり着くことであって、Wiiのときのような「革命」ではないということを自ら語っている。
さて、これはどの程度受け入れられるのか。

まず第一には100$という高さ。
ゲーム一本ついての値段ということだが、なにに適用されるのか。
ゲーム一本つけるより、ゲーム一本のその場で使えるクーポンをつけたほうが良いのではないかと私は思う。
そうすればかなり気持ちは緩和されると思う。

第2は反応速度への危惧感。

「既存のあらゆるモーションセンシング対応のゲームインターフェイスよりも高速で正確である」
と言いながらも
ただし、認識個数を増やせば増やすほど遅延は大きくなるとのことなので、リアルタイムゲームには2基同時使用までを奨励するようだ
とある。
高速なのに2基がせいぜいの反応速度というのはどういうことなのか単純に疑問に思う。
カメラを使わなければ高速で使うとこうなるということなのだろうが。
「PlayStaion Move」のPS3におけるレイテンシーは1フレーム以内
気になるCELLプロセッサにおける負荷率だが、これは1SPEをフル占有させることで現状事足りている
4基を認識させたときもSPEの占有は1基のままで変わらない
ただし、認識個数を増やせば増やすほど遅延は大きくなる

これらを総合すると要するにSPE1つを使うのは固定で、増やせばその台数分の遅延が発生する、というように読めてしまう。
鵜呑みにするとなにかすごい技術に聞こえるが、実は複数のSPEで複数台の同時処理をさせるのは困難なのでシーケンシャルに処理を行っているだけなのではないか、という憶測を生んでしまう。

第3は日本での展開。
先行するWiiを見ると米国ではサードはがんばっており任天堂と半々ぐらいで市場を分け合っている。
つまり割合とモーションコントローラーを使いこなしているのだ。(もちろんイコールではない)
ところが日本ではほとんど任天堂の独占。
裏返せば日本のサードはろくに使えていないということがいえる。
PS3ではSCEのタイトルが乏しいため基本的にサード頼みの構造である。
米国ではタイトルを揃えられても日本ではほとんど無理となりかねない。

第4にポリシーの問題。
リアリティや高精度な反応をどう捉えるか。
ゲームというのはある程度いい加減で自動の部分もないとゲームにならない。
シミュレーターになってしまうとただつらいだけのものになってしまうのだ。
WiiSportsResortをやってみるとその辺のさじ加減が実にうまいことがわかる。
これはレーシングゲームなどではもう十年以上も前に通った道で、本当のF1やラリーは再現できるが、そんなものを作っても普通の人には耐えられない、操作しえないものになってしまう。
普通はできないことを疑似体験させるのがゲームの面白さのひとつだとすれば、過剰なリアリズムはマイナスですらある。
任天堂はそれと値段とのバランスを考えてあえてある程度「いい加減なセンサー」を搭載したと考えれば、このコントローラーや言い方は実は「完成形」ではないもいえてしまう。
それなら緩めればいいのではないか、という考え方ももちろんあるが、ではWiiとの差はどこにあるのかとなってしまう。
後追いとなってしまった者の宿命ではあるが差を出すのは大変難しい。

第5にコントローラーの形状
プロトタイプではなにか懐中電灯かマイクかというような独特の形状だったが、結局、Wiiリモコンのそっくりさんになっている。
これを完成形というのであれば任天堂はもう4年くらいは前にほぼ完成形に到達していたと認めることになる。
これはオプションということだから良いのかもしれないが、プレステ伝統の4ボタンが×配列になっているのがなんとも気に入らない。
伝統なのはいうまでもなく十字の配列である。
これはソニーは「見て認識して押す」ボタンであるというポリシーのようで無頓着なのかもしれない。
私は特にゲームの場合、ボタンは少し慣れたら見ないで押すものだと思っている。
そこで、WiiリモコンでいうA/Bボタンもパクったらしいので現実には問題がないのだろう。
手元を見ないでポイントをしながら操作できるのはA/Bボタンが限界であろう。
一見してなにかのイメージかと思った先端の球状のもの。「スフィア」と呼ぶらしいがこれは強度的に大丈夫なのだろうか。
私でさえ振り回すリモコンをどこかにぶつけることはあるのに、先端にこのようなものをつけたらぶつけて外れることは必至ではないのだろうか。
まあ、むしろ容易に外れる形状であれば良いのだが、これが外れると修理コースではやりきれない。
基本的形状もWiiの場合は単三乾電池を使うことや横持ちを想定したためにくびれを作ることは困難だったとおもうのだが、PSの場合はそのしがらみがないのだからもっと大胆にくびれをつくり、すっぽ抜けることがほとんど起きないようにはできなかったのだろうか。

それにしてもWiiのときはコードネーム「Revolution」=革命というのはなんとも大げさだと思ったが、実は本当に革命だったのだなと感嘆させられる。
これをもって「完成形」とすればもう4年目を迎えるWiiというのは当時からかなりの完成度を持って世に出てきた、という実証であろう。
私自身もWiiのリモコンを手に入れたとき、自分で色々と思考実験をしてみたが、すごいものだと関心しきりだった。どう発展させても結局このやり方がベストであるといわざるを得なかったのだ。
一方で仕事で全力をあげて色々やっても、結局この形に落ち着くものなのだな、ということになったわけだ。
色々独自性をだそうとがんばっているのは見て取れるが、正直かなり苦しいように見える。

まあ、なんにせよ、日本でどれだけ楽しい面白いソフトがでてくるか、楽しみに待ちたいと思う。
ただ「腕をあげなくてはならない卓球」は勘弁して欲しいと思う。

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2010/03/08

高校無償化審議入り

凄く難しい問題になっているようだ。

ひとつは私立高校。公立高校並みの手当てでは不足という論議がある。
私立が贅沢かどうか、という論議も極めて難しい。
都心部であれば比較的選択肢も広いわけだが、地方となると学校自体が少ないのだから選択肢がおのずと制限されるわけだ。
だから「どうしようもなく私学に進む」という事象も否定をしきることは私にはできない。
議論の深みを見てみると、既に授業料無償だけのはなしではなく、そもそも私学のあり方、助成金のあり方まで踏み込んで総合的に考えないといけないのではないか、とさえ感じる。
いうまでもなく私学は授業料だけではすまない。仮にそれが無償化になったとしても様々な負担は依然として家庭には押しかかってくるのだから。
そうなると「公立と同じ金額」で妥結する、という考えも仕方ないのではないか、と私には思えてくる。
もちろん、この問題は引きつづきなんらかの形で議論が続くことは必要だとは思う。
高校の「事実上義務化」といわれてからかなり経つと思う。
しかし現実は何も変わっていない。
少子化問題も含めて議論すべきことだろう。
結果的に「タブー」に触れてしまった感があるが本来もっと議論されるべきことだろう。

既に前にも書いたが、「今、金がない」のならば出世払い、つまり奨学金制度も含めて考えるべきだろう。
実際問題として確かに裕福な家庭だから私学に行く、というのはあるだろうし、貧乏だけれども、もあるのも事実であるとすれば、なおさらのことである。
すべての人にではなく、ごく一部の人に手当てすればよい話であれば効率的でもある。
しかも奨学金制度はいくつかあれど、現在は不景気・超低金利が続き、基金・財団がどこも危機的状態。
ここまで踏み込むのなら国家がすべきことはあるのではないだろうか。
(財団や基金は膨大なお金=基金を元に「利子」で運営しているところが多い。超低金利でどんどん「基金」が目減りしている一方だという)

もうひとつは各種学校の扱いだ。
政治外交問題にまで話が飛び火している朝鮮学校の論議もこれに入る。
私としてみれば、そもそも私立の助成さえ疑問視していたのだから、各種学校まで含めているとはまったく思っていなかった。
一方では議論の過程で、予算の都合上、この関係の諸費がだいぶ削られているようだ。
今回は各種学校は除外すべきだと私は考える。
多くは外国人学校の話らしいが、それならばなおさらだ。
現在は国家財政の危機的状況下であるのだから、国民を優先してとりあえずは外国人に対するものとしては今回の関連措置は無しにするというのが常識的判断であると思う。
そもそも「マニフェスト」とは「国民」に対して約束したものであるから全く問題はない。
いうまでもないが憲法にうたう「教育の平等」は「日本国民」に対するものである。
愛国精神をどうこうではなく、純粋に「限られた財布の中身」で「優先度」を考えれば当然の帰結である。
なにやらことさらに騒いでいるところもあることだし、話をこじらしてしまう前に財源=資金を理由にさっさと「カット」してしまったほうが良いと思うのだが。

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2010/03/06

マスコミの取材能力の低下

先に外国人参政権問題で、マスコミ叩きをしたが、ある雑誌によれば取材能力の低下が著しいようだ。
ぶっちゃけていえば要因は2つ
・新聞、雑誌の紙メディアの地位の下落
・不況
これにつながって広告収入の急落も激しく経営を圧迫しているらしい。

結果として経営そのものが危うくなっており、現場への経費削減という形のしわ寄せがひどいとのこと。
経費削減といえばまだしも、事実上の打ち切りが行われており現場の取材意欲が激減しているようだ。
必要な経費はきちんと出す、などと口だけで言っていても、実際にはそれを請求するには膨大な資料書面作成と決済フォローが必要、とかになれば雑務時間が増大し嫌になる。
例えばたかが2000円のタクシー代を請求するのに30分も余計にかかるとすればなんと馬鹿馬鹿しいことか。
自分にかかっている人件費コストをわかっているひとならば耐え難いことだろう。

そうなると電話取材やら共同通信の横流し、果てにはネットで情報をあさってろくに検証できぬまま横流しなど、マスコミとしてはありえない状況となっている、という姿は容易に推測できる。
当然ながら人事整理配置転換なども行われ、こんな状況では有能な人材から辞めていくのはどこでもある話。

固定費(新聞社では自前の輪転機(印刷機)等の設備)や年金問題を抱えているところもあるという。
そもそもマスコミは他の業種と比べて給与水準が高いところが多い。
それゆえに負担が大きいのは確かなのだろう。

しかしながら昨今ではネットの発達により、記事のトピックであれば無料でさっとみることができてしまう。
わざわざ紙面に頼るのはより深い内容の記事を必要とした時だ。
肝心のその深く掘り下げた記事がないのであれば存在自体の意味がないのではないか。

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2010/03/05

祝日法改正案

私が最近世間に疎いのもたいがいなもので、祝日法改正案などというものがでていたのですな。
もう先月の話か。
それにしてもこのアホさ加減といったら大概にしてもらいたいものです。
まずメリットがない。
>交通機関の混雑が緩和されたり、シーズンオフにも集客できるため、メリットがある
ということらしいですが。
確かに混雑は緩和されるでしょう。休めなくなるんですもの。
家族がいれば、その家族と休みが合わなくなる人も続出するでしょう。
家族でなければ出掛けない人だってたくさんいます。
例えば単身赴任で連休で帰ってきて、その連休で疲れた体に鞭打って家族と遊びに行く人だっています。
特に新幹線通勤などをしている人、例えば関東ならば、東京・埼玉と茨城、栃木、群馬、長野といった近隣で往復している人も少なからずおります。
結果的にトータルで出る客が少なくなるためシーズンオフの集客もできるかもれませんが、年間で締めてみれば減少となっても不思議ではありません。
そんなごく当たり前に考えられる思考能力もないのでしょうか。

こんな阿呆な観光庁などはさっさと事業仕分けで廃止すべき省庁でしょう。

やるのならば有給休暇の取得を義務付けるとか、さらに例えば年に1度は連休でとるように義務付けるとか、有給取得の実績が悪い会社に対しては指導をするとか、罰則がダメなら良いところには補助金を出すとか。
ともかく休ませればその分、外に遊びに行ったりお金を使う確率が増えます。

今回の法案のなにがまずいって、却って休みが減る可能性が高くなることです。
大企業ならやらないでしょうが、中小なら間違いなく休み返上で働かせる方向にいきます。
取引先に合わせざるをえないからです。
最近は通信コストが下がったおかげもあり、遠くの会社に下請け仕事を出すことも多いのです。
普通に映像つきの会議をネット回線を使ってできるし、殆どの成果物をネットを通じて受け渡しできます。

つまりは社会的混乱を招く、というのは当然のこととして、メリットのはずの「シーズンオフの集客」すらマイナスになりかねないのです。

それにしてもなんでこんなことを大真面目に論議しているのか理解できません。
ネットにある論のひとつである、売国法のひとつだという観点でないと確かに理解ができないのです。
(国慶節云々のくだりもあほなと思いつつも信憑性を持ってきます)

世の中が平和で他にやることもないのならこういう論議をしていてもかまわんでしょう。
しかし、今は雇用不安や将来不安を抱え、少子化も大問題、そして短期的には事業仕分けも中途半端ではないですか。
外国人参政権とか別姓問題とか、そんなどうでもいい問題ばかりやっているようであきれます。
やるなとはいいませんが、火急の問題が山積の中で、そんなものは後回しです。
自民党もたいがいでしたが、民主党も輪をかけてダメ政党なのでしょうか。

そういえば結局、ガソリン税の暫定税率廃止もうやむやでガソリンの値段は下がらない。
高速道路の無料化も財源がないとかで棚上げになっている。
予算がつかなかったからほんの一部の区間だけという理屈にはあきれました。
いまさら繰り返しませんが、財源は作り出すというのが元の論だったではないですが。
それを通常の予算案で財源がつかなかったというのは理由になりません。
というか、何も仕事をしていないではないですか。
挙句の果てに「料金千円の廃止で予算が浮いたから道路を作る」などとほざいている馬鹿がおります。
“浮いて”なんかいない。
不足分を血税から補填したわけでどこまでぼけたことをいっているんだと憤りさえ感じます。
仮に“浮いた”んならその分で無料化路線を増やせ。それが筋です。
そうでないならただでさえ空前の国債発行額なのだから返上すべきです。

くしくも両方とも国土交通省の管轄で前原大臣の領分です。
無能であればまだましで、無能な働き者ほど最悪なものはないといいます。
まさにそれを地で行っています。
いい加減に呆れてきています。ちゃんとやってください。

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2010/03/04

ブログネタ:電車で優先席しか空いてなかったら、座る?


ブログネタ: 電車で優先席しか空いてなかったら、座る?参加数拍手

このブログネタは釣りなのでしょうか。

優先席であろうと空いていれば座るに決まっています。
(もちろん立っていたほうが良いと思うときは別ですがそれは優先かどうかは無関係です)
優先は、優先であって専用ではありません。

もちろん、座るのを優先とすべき人がその場に現れれば自分が即座に立つのも当然のことです。
殆どの場合は「どうぞ」ともいわずにすくっと立ってその場を去ります。
譲るという形だと固辞される方もおられるからです。
また無用に謝辞をいわれるかたもいるからです。
この行為は別に善意でもないのでお礼を言われると困ってしまいます。
(他に空気が読めない奴が間に入って座ってしまうような状況であれば明確に譲るという形をとりますが)
ただそれだけのことです。最低限のルールに従っているだけのことです。

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2010/03/03

USB-DD1を買ってみた

モバイルノートPCをかんたんデスクトップ化 USB2.0接続ドッキングステーション「DisplayDock™」
なんのことやら、という感じがあるがなかなかいいところをついている商品である。
また、値段的にも手頃なところに設定されている。
要するに、
4ポートUSBHUB+USB拡張LAN端子+USBディスプレイポート
をひとつにした箱となる。
電源はACアダプタから供給し、USBHUBはきっちりと電源供給ができるタイプとなる。
ひとつ面白いのは1ポートだけはPCを立ち上げていなくとも電源供給だけされるということがある。
残念ながらiPodの充電はできないのだが(これは電源端子だけ電源があるだけでは充電されないというiPod側の仕様による)携帯などの充電は可能である。
私の場合、S21HTはここで充電するようにすると実に都合が良い。
パソコンをつながなくても充電ができ、またパソコンを接続してS21HTの接続ソフトを起動すれば繋ぎ変えなくともS21HTを介してネット接続ができる。

元はUSBディスプレイポートを探していたのだが、HUBがついて9000円以下程度と高いわけでもない、というかむしろ安い感じだ。
USBディスプレイの機能・性能としては、デジタル・アナログ対応で(DVI-Iポート)最大解像度がフルHDの1920x1080である。
チップはDisplayLink社のものでたいがいのこの手のものはこれであるようだ。

速度等はどうなのだろうと思ったが、実際使ってみた感じでは問題を感じることはないと思う。
つないでいるのはネットブックであるためそもそも激しい動画などが表示できないから、というのが前提というか比較対象となるのが前提の話だが。
とりあえずImpressVideoやワンセグを表示してみたところは特に違和感は感じない。
つまりは30fpsとかその程度の動画であれば特に問題はない。さすがにフル画面にすると追いつかないか。
また、ウィンドウを動かすとやや描画速度が遅い感はあるが、実用上問題になるものでもない。
ベンチマークでも走らせればよいとも思うが、そういうのも面倒なのでやめておく(要望があればやってみても良いが)。
ちなみに現状は1024x768のアナログで接続で使っている。
まあ、パワーのあるPCであればそもそもこんなものを使わなくともきちんと映像出力がついているわけで。

この機器は他のディスプレイポートと異なり、持ち運ぶことは想定していない。
「オフィスや自宅ではデスクトップPC並みにアップグレード!!」という煽り文句が箱には書いてあるが正にそのとおりの用途のようでそれなりに大きい。
まあ、8ポートのLANのHUBぐらいという感じだろうか。
面白いのはVESAマウントのねじをつかってディスプレイに取りつけられるということだろうか。

私の場合は液晶テレビの裏にVESAマウントでつけてしまい、キーボードやマウスをつなぎ、アナログでテレビのPC入力につないだ。
これで液晶テレビがUSB接続のドッキングステーションになるという感じだ。
まあ、ありがちだが、こうなるとACアダプタが邪魔くさい。
電源内蔵にしてくれたらなおよかったのだがそれは仕方ないか。
ちなみにACアダプタは5V・4Aのものである。
ネットブックのACアダプタよりも大きいというのもなんだかなあとは思う。

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