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2008/08/31

あれ?B-CASは誰が望んだ?

リンク: B-CAS問題やネット権について議論.

私はB-CASというのはてっきり放送局の要請かと思っていたのだが違うようだ。

それに対し、放送局の代表は、「現在はご指摘のとおり。有料放送受信なども必須になっているが、この見直しを進めている。現在の地デジでは有料放送はなく、機能を使っていないし、今後も使わない。特に、今後簡易チューナが増えることが予測されているため、はずす方向で修正を進めている(関委員)」とした。

今後も使わない、と断言しているのが目を引く。 B-CASは最初は衛星放送で求められ(これが赤カード)で、地上波デジタルではこの派生として必要とされたようだ(青カード)。 では誰が望んでB-CASを必須としたのか。 疑念が残る。

これは

消費者団体の代表は、「B-CASがもたらす一番の不利益は、安くてシンプルなテレビが市場に出ないこと(川村委員)」と指摘。地デジチューナへのB-CASカードの支給条件について、コンテンツ保護の運用規定を満たすことに加えて、有料放送受信機能の搭載も求められているなど高コストかつ複雑な仕組みが求められているとの、パブリックコメントに言及した。


この発言を受けての話。
機器自体のコストもありますが、B-CASというのは手続き料金だけでも2千円かかるそうです。
携帯で言えば新規でも機種変でもかかる事務手数料みたいなもんでしょう。
ちなみにテレビを売買するときはB-CASカードについて会社に連絡して名義変更が必要なんだそうです。
ふざけた話ですが。
カードの話ということで言い訳していますが、カードがなければテレビがみれない訳で実質テレビの売買の制限になっています。
つまりB-CASが維持されるだけでもこれだけのお金がB-CASの運営会社に流されるということ。
みえない“税金の一種”です。
そもそもB-CASの問題というのはここもあります。

普通に考えれば放送局のいうB-CAS廃止テレビの要件は
・録画に関する機能が一切なし(現在はBSには録画用出力がついていますがそれの廃止含む)
・衛星放送もなし
この限定条件がつくのだと思います。
私としては衛星放送も含めて審議して廃止して欲しいのですが。
そもそも録画に関する機能がないものにコンテンツ保護のためのB-CASが必要だという自体が全くナンセンスであったわけで、やっと議論に乗るようになったのか、という感じなのですが。

それでも録画機には従来と同じようにB-CASは必須であるというのは変わりがないのだと思います。
コピ1だの10だのいうのはB-CASの仕掛けを含むコンテンツ保護機構に頼っている。
逆に言えば録画機や録画機能つきテレビ、衛星放送対応については従来どおりB-CASを必要とする。
だいぶデジタルテレビの販売数も増えているのでB-CAS会社にとってもさほど問題があるわけではないのでしょう。
その上での“譲歩”なんでしょうかね。
なんだかんだで日本ではプレミアム志向の人も多いし、録画機が売れてくれれば問題ないわけです。

さて、これがもし実現すれば衛星放送対応でないテレビがぐんと増えそうですな。
コストが大差ないということで衛星放送対応もしていたものもB-CAS廃止でも良いとなればそのコスト差は結構でると思われます。
1万円も差がないよ、といわれればいれていたものが、2万円の差となったらちょっと迷いますよね。
そろそろ10万を切るハイビジョンテレビも珍しくなくなり、価格がますます下落していけば誤差の範囲になりません。

ただでさえ衛星放送というのはコンテンツ不足で魅力がないです。
それどころか年を追うごとにコンテンツが貧弱になっているとしか思えません。
(赤字の負のスパイラルに落ち込んでしまっています)
いろいろと検討時間が経っているころには、この決断が衛星放送に最後の止めをさしてしまうのでは、とさえ思ったりします。
私としては衛星放送の廃止までいってしまうとちょっと残念なのです。

もちろんB-CASの不要論には賛成ですがねえ。
衛星放送も含めてB-CASを考え直して欲しいものです。

裏を読めばB-CASの廃止は有料放送業界へのいやがらせ、であるのかもしれません。

いまさら一般民放は有料コンテンツを配信できる能力がない。というか既存の有料コンテンツ会社に太刀打ちできない。
一方でテレビの視聴者は一般民放の質の低下(低さ)から金を払ってもいいから品質の良いコンテンツをみたい、という流れがでてきているのではないのか、と思っています。
これは有料コンテンツをもつ会社の日ごろの努力もありますし、レンタルビデオなどで金を払ってコンテンツをみるということに慣れてきたというのもあるのかと思います。
PPVでもレンタルでも考えて金を払うという行為から見れば大差ないのですから。
ネット配信もそうですし携帯電話のコンテンツでもそうです。
有料と無料の差を感じるひとは多いのではないでしょうか。
無料放送(これはネットの無料サービスもそうですが)のうざい広告をみせられるぐらいなら、金を払ってやるから本編だけみせろ、という理屈もあります。
はした金よりも時間が大事という意識も強まっているのではないでしょうか。
そんな中で一般民放の立場はどんどん危うくなってくるわけです。
契約だけで機器をいじらずに有料放送がみれる現在の機器のスタイルのほうが一般民放にとっては不利であるといえます。
昔はWOWOWをみるのにやたら不恰好で面倒なデコーダーをつける必要があり、それが加入への障壁になっていたのですが現在はそれがないわけです。
B-CASを廃止してしまえばその敷居がまた高くなってくれるわけです。
実質的に意味のない制度を維持するよりも、そういう方向に仕向けたほうが自分たちの利益になる、そう考えても不思議ではないでしょう。

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2008/08/30

安全認定のコストは誰が払う?

リンク: 有害サイト:「安全なコミュニティーサイト」初の認定 EMA - 毎日jp(毎日新聞).

費用は予備審査費5万円のほか、審査料金と運用監視料金で、年間で計52万円~315万円。

携帯サイトは金まみれだからまあどうにかするんでしょうけれども(ひとごと)。 インターネットでも安全・有害を区分しようとしていますけれども誰がそのコストを払うんでしょうかね。 こういう具体的な数字が出てくると「安全認定」という考え自体が大問題であることがわかります。

「ボランティア」「なにかのついで」「趣味」で運営しているサイトが非常に大量にある(というかインターネットの根源はこの精神にあったはず)。私もそうです。
そういう人間にコストを払わせるというのはインターネット自体の否定です。
誰かに認可されないと駄目、金を払わない人間は駄目、と排斥する考え自体、結局それは言論統制につながるといわざるを得ません。

有害サイトの定義は結局よくわかりませんけれども、法的に問題のあるサイトは有害とかそういう規定ではなく、普通に法的措置によって摘発・処罰を行うことによって処置することにして欲しいものです。

そういえばちょっと前に硫化水素に関するサイトについてひともんちゃくありました。
自粛とかいろんな話がありましたがどうもぐだぐだでしたね。

化学的にみれば硫化水素というのはかなり簡単に発生する物質です。
というか、自然にも珍しくありません。火山大国日本では特に。
いわゆる「地獄谷」「殺生なんちゃら」の類はあちらこちらにあると思いますが、こう呼ばれる要因は致死性のある毒ガスである硫化水素の濃度が濃い場所であるためです。
これに限らず致死性のあるガスというのはいくらでも身の回りにあるんですけどね。
酸素も二酸化炭素も濃すぎれば致死的ですし、一酸化炭素などは比較的容易に致死になります。(最近は減っていますがそれでも死亡事故はあります)
硫化水素の作り方のガイドを制限したところでなんの意味もないと思うんですけどね。
(サリンぐらいまでいくとちょっと疑問ですけどねえ)

問題なのは硫化水素で綺麗に苦しまないで死ねるなどとデマを流していた人たち(サイト?)なわけで、そんなわけありません。
化学常識的に言えば「硫」とついた物質は大概が体に汚らしい異変を生じさせます。
(蛋白質との結合になるわけなんで)
実際に硫化水素を吸引して死んだ方々は体が黄緑色に変色するなどになるらしいですね。

そのことに関して確かな知識を持って早くから指摘していたサイトはボランティア的にやっているサイトです。
一方、報道機関のサイトはほとんどが科学的常識もなくぐだぐだな報道を繰り返していただけでした。
政府や官庁の対応もこれに負けずぐだぐだでした。
(中央官庁の連中は学校の化学の成績もトップクラスだったはずなのに、なんでこんな常識的なことの指摘すらできないんだろうか。硫化水素なんて基礎=学校の授業の範疇だぞ)

そんな現状で正しい指摘をするサイトを殺し、報道機関やごく一部のサイトだけを生かすような世界に、インターネットをしてはならないと考えざるを得ません。

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2008/08/28

馬鹿げた政策:高速夜間料金の引き下げでごまかす

リンク: asahi.com:小麦値上げ幅圧縮・高速料金下げ… 経済対策案固まる - 政治.

燃油高騰に苦しむ運送業者を支援するため、高速道路の夜間料金の引き下げも与党内で大筋合意し、引き下げ幅の検討に入った。

なんという人を馬鹿にした施策であろうか。

普通に考えればただでさえ社会的に公正を欠く重税を課している揮発油税の減免もしくは廃止とするのが筋であろう。
業者そのものを救うのであれば重量税などの減免も効果がある。
一般家庭ならば2年に一度のことであっても、車輌を多数抱える業者にとっては即座に負担軽減になりうる策であるからだ。
実際に韓国や米国ではそのような施策をとっている。
しかし日本では意地でも下げるつもりはないらしい。

しかも夜間料金の引き下げ。
つまり運送業者、つまりトラックの運転手には夜間に走れというのか。
ただでさえ夜間の無理な運行は事故を誘発する根本原因になる。それを推奨するとは何事だろうか。

自動車に乗るものを苦しめることを続けつつ、道路の財源は確保し続ける。
ここまでくると完璧に狂っているとしか思えない。

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2008/08/27

オリンピック:日本の野球がメダル取れなかったのは当然の帰結

リンク: 「星野ジャパン」と姿重なる“ドコモ・ジャパン” - ニュース - nikkei BPnet.

韓国ではこの1年、北京五輪での金メダルを目指して、国内リーグに国際ルールを導入してきたという。(中略)すみやかに「国際ルールと国内ルールの相違」という原因を特定し、迅速にルールを変えたマネジメント層の決断、そして短期間で結果に結びつけた現場の実行力はさすがと言わざるを得ない。
との分析だが、この要因は、まあなくもないかな、程度だと私は思う。ちょっと強引ではないかと思うのだ。

一番の要因は戦力=選手そのものにあると断言する。
選手一人一人の話ではない。
選手の選抜の問題である。
別の言い方をすれば野球界のオリンピックに対する取り組みの姿勢・真剣度である。
オリンピックはアマチュアの祭典という言葉はどこ吹く風。
プロ選手ばかりが参加する野球である。
しかし日本や米国ではペナントレースの真っ只中であり、選抜メンバーをみるとどうみても一級線の選手ばかりとは言いがたい。
ペナントレースも終盤にかかり一試合が重要になってきている中、各球団はなかなか主軸選手を出すことを渋るのが現実である。
その端的な結果が壮行試合であるはずのセリーグ選抜に負けるという体たらくである。
普通に考えれば「出がらし」であるセパ各リーグの選抜には余裕で勝つぐらいで無いと駄目である。
たとえ投手の調子がたまたま悪くとも打撃で一蹴するぐらいの破壊力がないと駄目。

これは米国も同じでメジャーのそうそうたるメンバーの影もない。
その結果が銅である。

一方では韓国は総力戦といってもよい。
なにせ韓国ではオリンピック中はペナントレースを中断しているのである。
選手を抱える球団としても特に選手を出すにあたって問題はない。
記事にもあるように兵役免除は実に大きなエサだと思う。
兵役免除というとメンタリティに考えるかもしれないが、現実的に兵役中(確か2年間も)野球を離れてしまうというデメリットがなくなるのである。
数ヶ月2軍に落ちるだけでも試合感覚が鈍るのがプロ野球という厳しさである。
2年間もプロ野球という高収入をそのもの失うだけではなく、それによりトレーニング不足による復帰後の野球力の低下、すなわち結果として年俸の低下も想定される。
年俸の低下は生涯収入を考えると非常な損失なのだ。
これらを考えればオリンピック選抜になるような選手で考えれば兵役の免除というのはどんなに少なく見積もっても数億円に相当するといっても過言ではないだろう。

優勝すれば報酬が10億ウォン(1億円程度)という話もあるようだが、一人割りすればたかだか数百万程度だろうから、こちらは宴会代程度の感覚だろう。

つまり韓国では選手がオリンピックに出るということはメリットばかりで損は全く無いといってよい。

こういう厳しい戦いをするときにはまさにトップクラスの選手を適材適所で使わないと駄目なのは当然だ。
ちょっとのホコロビ・ミスで試合の流れが変わり、負ける。
ひとつの好守が投手を助ける。それが勝ちへの流れになる。

落球をしたGG佐藤にしても彼はほとんど守備を行ったことがないのではないだろうか。
少なくとも彼が活躍した(つまりプロ野球ニュースなどでみかけた)時は必ずDH(指名打者)であると私は記憶している。
彼は守備をするとそちらにも気持ちを割かれて打撃にも悪影響をするタイプなのかもしれない。
そういう人に守備をさせてはいけない。ましてや大舞台なのである。
私は落球した彼を責めるつもりは全くない。
彼を外野にいかせた監督かコーチに責任があり、重罪であるといえる。

悪守備は投手にも悪影響を与える。
イチローが日本にいたころ、よくイチローが外野にいるだけで投手は楽ということはいわれていた。超一流の野手は投手を助けるのだ。
逆に打ち取ったと思った打球を前に落としてヒットにしてしまったりされると厳しい。
投手は打たせてとると考えるとずっと楽になる。
選択肢が広がるとさらに投手は力を出すことが出来る。

走攻守とはよくいわれるがどれも重要な力で、特にこのような短期決戦ではずばぬけた守備力が勝負を分ける。
少なくとも守りに入るべき試合の流れでは守備力が並み以下のものを守備につかせてはいけない。

ルールなんぞは些細なことでしかない。
ルールの解釈の違いで勝負を分けることはないといえる。
そこまで国際ルールと国内ルールの差は表に出ない。

本当に金を取りにいくのであれば、韓国のようにペナントレースをオリンピック期間中は中断して全戦力をオリンピックに注げばよかった。
ただそれだけである。
今回の試合をみる限り、今回の選抜メンバーでこの戦いであれば、日本のトップメンバーで調子の良いものたちを揃えれば金は余裕で取れたと私は思う。

全戦力をオリンピックに注いだ韓国勢と、中途半端なメンバーで臨んだ日本ではさすがに負ける。
ただそれだけのことである。

口先だけで金メダル、ではなくて、金メダルを取るためには何を優先させるかの判断が大元から違っていた。
日本ではペナントレースを優先させてオリンピックは二の次、にしたのだから、オリンピックを最優先させた韓国に負けるのは当然の帰結である。
むしろそんなんでで金メダルを取ったらたいしたものだといわざるを得ないが。

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2008/08/22

モニターの世界にまでダイナミックコントラスト

リンク: 日本サムスン、最大コントラスト比20,000:1の24型ワイド液晶.

ダイナミックコントラスト比(DCR)20,000:1を備え、応答速度5msなどとあわせて動画視聴に好適とする液晶ディスプレイ。
LG電子も同様のものをだしていたが、モニターにまでこんなまやかしの数字が踊るようになってしまったかと少々落胆の禁じえない。
従来のコントラストは1500:1とかそんなもんだったからこの数字だけ見るとすごい!とか思ってしまうがこれは東スポなみのインチキさである。
そのほかの仕様は、輝度が300cd/平方m、コントラスト比が1,000:1、視野角が上下160度/左右170度、最大表示色数が約1,677万色。
とあり、従来で言う本当のコントラストはむしろ平均的な製品よりも低いのである。

ダイナミックコントラストとは何か。
テレビの世界ではだいぶ前からあるので珍しい話でもないのだが簡単に説明をしておく(Wikipediaにはまだないんですね)。
バックライトを使う液晶ならではの手法である。
映像信号(画面)が黒(暗い)時にはバックライトの輝度を暗くしてしまい、白い(明るい)時には明るくする、ということ。
コントラスト比というのは通常は真っ黒画面と真っ白画面での明るさ(輝度)の比率をいうので、黒の時にはバックライトで暗くすることで数値上のコントラスト比を上げることができるというからくりである。

なぜ私がダイナミックコントラストをインチキと断罪するかを説明しないといけないか。
例えば右半分が真っ白、左半分が真っ黒の映像を出したとする。
その状態で右と左の輝度を測って比率を計算したとすればこのダイナミックコントラストで言うところの比率は決して出ないからである。
コントラストの比率が重要なのはひとつの画面(場面)の中での、明るいところと暗いところのメリハリが必要だからである。場面としての立体感、臨場感にもかかわってくるためでもある。

ただ、このようなものはバックライトコントロールと呼ばれる手法の一種であるが良いところもある。

画面が暗闇であるのになんとなく白く浮いていると気持ちが悪いのでバックライトを暗くしてみかけだけでも浮きを回避しようというところはある。おそらく最初はこの意味だったのではないだろうか。

また、省エネ効果も馬鹿にはできない。
液晶テレビにおいては消費電力のかなりの部分はバックライトが使っている。
暗い画面でも明るい画面でも一様に100%の明るさで点灯させているのはいささか無駄というものである。
よって場面によってバックライトの明るさも調整してやれば平均すれば省エネになるわけである。
バックライトの輝度は下げて、液晶としての明るさ(絞りみたいなイメージのほうが良いかもしれない)はあげてやることで本来見えるべき明るさは変えずに省エネしてくれる手法もある。

それにしても本当のコントラストが1000:1で、ダイナミックコントラストで20,000:1ということは暗い画面で1/20=5%にまで落としているということでいくらなんでもやりすぎというかインチキにもほどがあるといわざるを得ない。
蛍光管だと完全に消すことができないが、LEDバックライトになれば完全に消すことも可能になる。
そうすると∞:1というコントラストも数値的には可能になる。
しかしこんな数値に何の意味があるのか。馬鹿馬鹿しいだけである。

くれぐれもカタログスペックに騙されないように。

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2008/08/21

新LOOX U

リンク: 富士通、キーボードを改良したAtom搭載「LOOX U」
なかなかいい仕上がりのようです。
端子周りもパネルも特に欠点がみあたりません。
問題といえばバックスラッシュの入力がやりづらいということでプログラミング人にはなかなか難儀なところでしょうか。まあ、一般人にとってはどうでもいいことなんでそういう判断でも致し方ないかとは思います。
ハード的にもかなりいい塩梅のバランスだと思います。

しかし最大の欠点というのはハードの設計ではなく、OSであるWindowsVistaを搭載せざるを得なかったということでしょうか。
XPであれば非常に良いPCになったと思うのですが残念ですね。

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2008/08/17

DSリズム天国Goldは面白い

単純なほど面白い、っていうのはこういうのをいうんでしょうかね。
音ゲーです。
そういうのが苦手な人でもいわゆる知育ゲーム、脳トレゲームみたいに捉えて訓練するという発想でも大丈夫です。

ゲームの数は全部で50以上と表現していますが、その内訳をばらします。
基本的なゲームの種類としては24個です。
4つごとに今までの復習というかMIXしたゲームがあります。のでそれをいれて30個です。
30個クリアするとスタッフロールがみれるようになって、さらに2周目みたいなゲームがあります。同様にMIXがあってそれが4組あるのでそれを加えると50個です。

クリアすると次のゲームが開く、というシステムです。
なんとかクリアするとシルバーで次にいけます。上手にクリアするとゴールドになってメダルが手に入ります。。
ある条件でノーミスクリアするとパーフェクトクリアとなりおまけ(音楽とかいわゆるアイテムゲット)が手に入ります。
なおクリアできなくて詰まることはありません。ギブアップして先に進むこともできます。

そのメダルが手に入るとその枚数に応じて遊べるゲームが増えます。
この辺はエンドレスゲームでクリアという概念がありません。

簡単にパーフェクト取れるのもあれば何度やってもシルバーのままのものもあります。
相性ってものがあるんでしょうかね。

眠かったり頭がボーとしていると何度やってもクリアできなかったりします。
集中力が欠けてくるとかえって悪化することもあります。
この辺はシューティングゲームに近いところがあるといえるんですかね。

値段も安いし面白いです。
売り上げ上位になっているのもうなづけます。

ちなみに私はまだ完全クリアには程遠いです。まだ34個最初のクリアしているところです。
メダルもまだ9個しかとれていません。

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2008/08/12

毎日新聞社内で何が起きているのか(下):佐々木俊尚 ジャーナリストの視点 - CNET Japan

リンク: 毎日新聞社内で何が起きているのか(下):佐々木俊尚 ジャーナリストの視点 - CNET Japan.

実際、私が前回のエントリーを公開し、その中で「現在は毎日jpへの広告が復活している」という趣旨のことを書いたことで、毎日新聞の広告主に対する電凸が再び行われ、広告は再びストップした。だから彼らは「佐々木は毎日を潰そうとしている」「社内の事情も知らないくせに妄想を書きやがって」と私を激しく非難しており、「誰が情報を佐々木に漏らしているのか」という"犯人"探しも行われているようだ。
ここが結構キモですね。
電凸をした人たちはいわば「最近見てなかったので気がつかなかった」だけのことで意識としてはまだ許していない。
それを佐々木氏の記事でたまたま気づいただけのことなんです。
なのに佐々木氏を非難するということは「こっそりと元に戻そう、ばれないように。それをばらしたのはけしからん」という意識が毎日にあるということになります。
そのことが一番問題なのではと思うわけです。
例えば万引きの現場を声高に通報した。お前がいわなければばれなかった。そういってそのひとを逆恨みするようなものです。
そういうのが社会的な木鐸ってやつなんですが、そういう行為を社会の木鐸を標榜しているはずの新聞社が否定して良いんでしょうか。
「社内の事情も知らないくせに妄想を書きやがって」
このくだりも表現として良く状態を表しています。
社内が非論理的に動いていることを感じていて、この発言をしているひと自身が、なんらかの自己矛盾を感じているのでは、と思います。
会社に入ったときはおそらくジャーナリストとして正義感に燃えていたのではないでしょうか。
それがいつの間にか会社の一員として・・というやつです。

それにしてもモノを書くものであって取材をするのも大事な仕事のひとつである職業(プロ)の人たちがこういうことでよいのだろうか、という率直な疑問が湧いてしまいます。

取材の基本は相手の言うことを聞くこと。意思や意図を汲み取ることじゃないんですか。

初めから先入観をもって否定したり論理的思考を排除したり、そういう姿勢・社内の風潮でまともな記事が書けるのか、ジャーナリズムとして良いのだろうかとそういう観点で考えてほしいと思います。

佐々木氏も残念がっていますが、毎日が「緘口令」を指示したこと自体が最悪の事態である事(どんなひどい話がでてこようが何も出てこないことが最悪)という認識を、毎日はしていないってことなんでしょうか。

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2008/08/07

「28度」は根拠なし

リンク: 暑すぎて仕事効率低下も クールビズ「28度」に根拠なし? - ITmedia News.

 一方、クールビズで名前が売れ、いまや将来の首相候補とも言われる小池氏は「室温28度は建築物衛生法、労働安全衛生法の上限温度を根拠にしています。部屋の向き、人口密度やOA機器の多寡によって実際には温度が上回る場合はあります。空調機の温度設定と実際の温度との差が生じることもあります。建築物や空調の種類にもよりますが、涼しい日でも28度の温度設定のままでいるケースなど、より細やかな対応、工夫が求められます。総合的な意識変革と技術革新のきっかけになることを期待します」とコメントした。

ここんとこ毎年ネタとして出ているような気がする。
労働安全衛生法で定められているってことは28度より上の温度の環境下で働かせていることは問題ある、って意味のはず。
温度設定を仮に28度にすれば当然温度ムラがあるわけでそれを越える場所が存在する。
つまり法違反ということになるわけだね。
そういうことをちゃんと言わずにこういう回りくどいつうか曖昧なコメントをするのがどうかしている。
「より細やかな対応、工夫が求められます。総合的な意識変革と技術革新のきっかけになることを期待します」なんて言い方をしているのは完全に指導する責任の放棄ですな。
押し付けるな、というのは法で曖昧な部分であってこういう法に触れかねないことはちゃんと言わないと駄目でしょうが。
もしくは他人事と捉えているのか。
もしくは人に責任を押し付けているのか。
どっちにしろ首相候補どころか少なくとも大臣、いや国会議員としても資質に疑問を感じるとしないといけないでしょう。

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2008/08/06

HD画質

意外とHD画質がどうであるかという紹介って実例をあげてはなかなかされていないのであるが、珍しくそれをやっている記事があったのであげておく。

リンク: 買っとけ! Blu-ray
いつのまにやらBlu-rayになっていた買っとけシリーズである。

BDなんかいらない、DVDで十分とうそぶく人もよくみかけるのであるが、これだけの差があるわけで。
特に映画では背景の細かい描写までも堪能するものであって高画質であることは重要なことなのである。
もちろんこういうのをみても、こんなのは微々たる差でDVDで十分だよ、というひともいるでしょうけど、そういう方は映画を表面だけ楽しんでいる類の方だと思いますのでそれはそれで仕方ないかとは思いますが。

BDはDVDより高額な傾向があるのが残念であるが、なるべく同じ値段にしてDVDからリプレイスしていって欲しいものだと願う。

とはいうもののいまだにBDプレイヤーが国内で販売されていないのもあって個人的には購入できていないわけであるが。
そろそろ発売してくれないものかなあ、と思うし、仕方ないからBD-RWなデッキを買うか(ハイブリッドに比較すれば何万も安いしシンプル)というのが悩みどころではある。

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2008/08/05

(続)ワンフェス事故

原因について

たまたま朝の番組でみた話(日本エスカレーター協会のえらい人が声の出演あり)によると
過重量であるという結論だった。
以下、適当にネット記事を拾い読み

読売新聞

東京ビッグサイトでは、イベントの運営会社に、エスカレーターのステップに続けて2人以上を乗せないよう指導していたが、目撃者によると、事故当時、各ステップに2~3人が乗っていたという。日本オーチスの広報担当者は「テレビ映像を見る限り、異常な乗り方」と話している。
テレビ映像には平常時の映像は私は見ていないのだが。
まあそれはさておき、2人では問題ない。各ステップに3人が乗っていたそうだが、恐らくまばらにだろう。
その辺は先の記事の岡田氏の話と食い違ってしまうためだ。
それにしても2人というのは極普通の乗り方だろう。3人はたまたま友人同士であればその程度乗るのは普通ではないだろうか。
デパートや駅などではよくある話ではなかろうか。
普通の人であれば異常であるという感覚は無いだろう。
つまり広報担当の方の感覚には疑問を持ってしまう。

日経新聞

開場と同時に入場者がエスカレーターに殺到し、事故が発生した。事故機のような幅1m程度のエスカレーターの場合、通常は1ステップ(踏段)に2人しか乗らないが、事故が起きたときは3人乗っている様子も確認されている。
なんか誤解を招く記述の仕方である。
まず、殺到したということは、先導グループにいた岡田氏の話と食い違っている。基本的には2人づつ整然と乗っていたが、3人になってしまったところもある、というレベルのようだ。
国土交通省は8月4日、東京都江東区の東京ビッグサイトで発生したエスカレーター事故について、事故原因などを調査するよう関係機関に要請したことを明らかにした。
とりあえず公的なリポートが出るようだ。
朝日新聞
同展示場などによると、エスカレーターは幅1.2メートル、長さ約30メートルで、84段あり、傾斜約30度。同署によると、1段あたり130キロの重さまでと定められているという。だが、目撃者によると、一部で1段に3人くらい乗っているように見えたという。
これも見えたという、という実に曖昧な発言。
それはさておき、私はこの数値に驚く。130キロという数値は果たして設計上妥当なのか。2人乗るということは一人あたり65kg以下でないと駄目なのだ。成人で65kgという数値はおそらく平均値あたりではないだろうか。
ちなみに通常の体重計というのはおよそ130kgぐらいが上限らしい。
つまり人一人というのは130kgぐらいは想定するものですよ、ということではないのだろうか。

オーチス社は「駆動して逆走することはないが、過重量でとまり、自然に落ちることはあり得る」としている。
これも驚く。 過重量でとまるのは当然としても自然に落ちることがありえるというのだ。 ここでは落ち方が問題である程度制動が効きながら落ちるのならよいのだが、岡田氏の状況説明からするとどうも自然落下、つまり加速をつけながら滑り落ちていっているようなのだ。 社の人はどちらのつもりで言っているのかは不明だが落ちても当然という設計をしているということに驚く。

朝日新聞の図からみるとエスカレーターは先頭の人たちにすればおよそ6割がた来たところで停止したということのようだ。
つまり2人が許容搭乗数としてまだ最大搭乗数(?)の6割も乗っていないのだ。
仮に3人ぎっしり乗っていたとしてもまだ2人ずつ乗っている数とほとんど同じというところなのだ。
毎日新聞

設計上は、ステップ当たり130キロの計算で、計1万1180キロ(ステップ86段)の荷重に耐えられるが、オーバーすると自動停止する。目撃者によると、発生時は、客らが数珠つなぎのような状態だった
オーバーしたが自動停止はしなかった。
エスカレーターが自動停止してもなお乗る人などいない(というか前の人がつかえているのだから乗れない)からそこからは荷重は増えるわけが無い。
破壊前に止まったというのをどう捉えるかという話になってしまうが、理屈上の自動停止をしたとしても、自動停止状態から破壊・落下に至ったということになる。
これは設計としてどうなのだろうか。

記事としては殺到したから、というのをどうも強調したいようだが、事実を拾い上げていくとどうもあやしい。
そもそも殺到したというが、最前列の岡田氏はずっと立ち止まって乗っていたわけだからそこからずっと人が詰まっているはずの後方、エスカレータに乗る時点で“殺到”することは困難である。
入り口までに殺到することは仮にあってもそれは事故とは無関係であるのはいうまでもない。
仮に2人であれば隙間をすり抜けていく不届き者がいるかもしれないが(かなり難しそうだが)、ところどころ3人乗っているという証言が本当だとすればそこですぐ詰まってしまうわけだ。
この時点で話が矛盾している。

仮にオーチス社の見解をそのまま受け取ると、オーチス社のエスカレーターはこういうことになる

・エスカレーターというものは平均体重以上の人の場合は2人でも危険だから並んで乗ってはいけない。
・過重量で故障した場合、とまるかもしれないが落ちるかもしれない。

エスカレーターというものがこんな設計基準(目標)であることに私は正直驚く。
いきなり落ちる状況になることにも驚く。
安全機構というのは考えすぎると際限が無いが、すくなくとも過重量がかかれば壊れる前の尤度がある状態で警報装置が鳴るなり、無視しつづければ停止するのが常識的なところではないのだろうか、と思う。
いや、そう思っていた。
それが間違っていたというわけなのだろうか。

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2008/08/04

ワンフェス事故の証言

リンク: レコーディング・ダイエットのススメ: 証言;ビッグサイトのエスカレーター事故について(訂正と追記あり).

こういう事故が起こるとかならず、「マニアたちがお宝めがけて殺到したので大混雑して、そのせいで事故が起きた」と言う人が現れます。
ごめんなさい。正直私もこう思いました。
よって僅かなお詫びですがこのリンクを貼らせていただきます。
詳しくはリンク先を見ていただきたいと思いますが、一部だけ抜粋しておきます。
会場当時の「走らないで」「ゆっくり順序よく行動して」というアナウンスは徹底していました。また僕たち参加者やお客さんたちも、アナウンスを守り、普通のサラリーマンの人よりもずっと行儀よくエスカレーターに乗っていました。事故が起こるまで、みんなエスカレーターの手すりを持って動かなかった。混み合ってもいなかったし、人を押しのけて歩いて昇降する人もいませんでした。通勤ラッシュや歳末のデパートなんかでは、もっとひどい光景を目にするけど、比べものにならないほど静かでおとなしかったんです。
それにしてもこのレベルの事故というのは私はほとんど記憶がありません。
ワンフェスというイベントで割と若い大人や青年ばかりだったというのが不幸中の幸いだったのかもしれません。
子供や年配の方がいらしたら結構やばかったのではないかと思ったりもします。

怪我をされた方には申し訳ないのですが本当に死者が出たりしなかったのは良かった。
こういうイベントは個人レベルの主催であったりなど基盤が非常に弱いため、自粛の流れになってしまうと自粛をせざるを得なくなってしまう。それが怖い。
事故の理由がどんな理由であれそういうことを言う人がいるのです。
「今回の事故の理由はエスカレーターの問題だったとはいえ、こういう事故がおきた場合の責任を・・・」などという言い方をする人は必ずいるのです。

それにしても何がおきたのでしょうか。私も事故の原因をぜひとも知りたいと思います。

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2008/08/03

例えばレコーダーの補償金は759円

リンク: 補償金支払い義務者をメーカーに、権利者側が経産省と交渉の構え.

あかわらずつっこみどころ満載の権利者側の論で、もはや今回はつっこむ気力もないのであまり長くは書かない。
ただ一点興味深い数字をだしているのでそこにフォーカスしておこう。

「メーカーは、補償金がかかれば製品の値段が上がると説明するが、おそらくそれは間違い。例えば、パナソニックのブルーレイディスク(BD)レコーダー『DMR-RB500』の価格を量販店と価格比較サイトで調べたところ、最安値と最高値の価格差が4万6806円もあった。仮に最高値で補償金額を算出してみると759円。メーカーと量販店との取引価格は、取引実績や市況で決まるので、759円が小売り価格に影響を与えることは少ないだろう。また、買い物の仕方次第で4万以上も損したり得したりする中で、759円が『法外な金額』とはいえない。
考え方が根本から間違っていますね。
さすがはドンブリ勘定にどっぷりの権利者側の連中のいる世界の発想であることがよくわかります。
値段は上がります。だって原価がそのまま759円上乗せされるのが正当な姿なのですから。
この4万以上の価格差は変わらないのかもしれませんが、759円がお客さんが負担するのが当然のことです。
それともどっかでよきにはからって吸収してくれとでも言うんでしょうか?
ふざけるのもたいがいにして欲しいものです。
厳密に言えば実際には値段は上げづらいので、値段が下落するのが遅れます。
この手の機器は値段が下落していくのが常ですが、それがその価格の分、遅れます。

どうしても補償金を要求するのならメーカーも対抗手段として補償金を機器に明示するようにして欲しいですね。
そうすると著作権物を保存しない場合は償還を求められますから。
BD/DVD/HDDレコーダーだって放送を録画せずに自分でとったムービーや写真だけを保存する人だっているかもしれないんですよ。

ともかくも10万円弱の商品で759円もふんだくるつもりである、ということはとりあえず言っているようですので参考になります。

さて、4万の価格差ってどうなんでしょうか。違和感があるので実際に調べて見ました。
その前にDMR-RB500なんて商品はないので、DMR-BR500の誤植だと思います。
この時点でうさんくさいのですが。
とりあえず価格comでは最安値が71,350で最高値が116,800(+45,450)です。
この数字をそのまま引用したのでしょうか。
こんなのを例に出すあたりが明らかにバカとしかいいようがありません。
半ばバッタ商売のところも多いですし、入荷時点で限定条件で卸させているところも多々あります。
言ってみれば家電量販店でいうところの「限定10台お買い得商品」に近いものがあります。
在庫がいつきれるのかわからないしちょっと殺到すれば簡単にパンクします。

これをどこにでもあり、在庫を十分に確保できる、一般にも確立できる話までもっていきます。
ネット系大手のAmazonや楽天では85,000程度です。
どこにでもあるビックカメラでは87,400でありこれにポイントもつきます。
ネットでの競合では割と高いという量販店のコジマでも94,800程度なわけです。(店舗もちだと割引率はどうしても落ちます)
ですので10万を超えたら誰も買わないんじゃないですか。
近所の店より高いネットショップで買う人なんかいるわけがないでしょう。

よってリスクを考えたり実物を見るとすれば一般の店舗となりますがそれらで比較すると1万程度の差もないのが現実です。
つまり4万円とかいう論は明らかに目をそらすための数字であることがわかります。
故意であっても、そんな細かいことは気にしないでやってるにしろ、無茶苦茶な話です。
前者であればうさんくさい連中ってことですし、後者であればこの程度の経済観念の持ち主でしかない連中である、ということがよくわかる一件です。

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Kindle、累計24万台?

リンク: アマゾンの電子ブックリーダーKindle、累計24万台を販売? - Engadget Japanese.
結構頑張っているようです。
日本では駄目でしたがそれは電子機器メーカーの開発だったから、でしょうね。
なにしろコンテンツがなかった。
こんなの誰が買うの?という乏しさとその高さ。
コストを考えれば納得しないわけでもないですが、じゃあ買うかといえば買う意味がない。

電子書籍、なのだから中身がなければ何の意味もない。

アマゾンは自ら書籍も販売していることから、人が書籍を買うのは紙を買っているのではなく書かれている内容を買っているのだ、という当たり前のことをちゃんと認識しているのでしょう。
中身をどれだけ用意できるのか(一時的ではなく継続的に、です)をある程度見込んだうえでの発売だったと思います。

紙の利点を言う人も多いですが電子書籍の利点も多数あるはずです。
夢物語ですが、現在の書籍がすべて電子書籍に置き換わるとすれば、私はそれを大歓迎します。
部屋が多かれ少なかれ書籍で埋まっているひとは珍しくないと思いますがそれが一掃するのです。
それらすべてを常に持ち運べると考えたらそれは素晴らしいことです。
もちろん文庫やコミックのような電子書籍にしたほうがデメリットが大きいものも多いかもしれませんが、専門書や辞典・辞書等のように非常に重いものもあります。これらも持ち運べるのです。
電子辞書はそのメリットに注目して電子書籍化して1ジャンルとして定着しているではないですか。

iPodでは所有しているCDをすべて持ち歩くという夢のようなことを実現してくれました。
もはや当たり前になっていますが、iPodを持ち歩くということは普通なら絶対に出来ない、数百枚もあるCDを全部持ち歩いているのです。

ここで問題となるとはやはり複雑な著作権と特に日本の硬直した出版体制でしょうか。
電子入稿などだいぶは進んできているようです。
これは電子出版に対するコストの低減を意味します。
日本で一時期あったときはまだ電子書籍を出すとなったら紙のそれを改めて打ち込んでいたのではないでしょうか。そしてこなれていない版組みソフトを作って整形。
これではコストがあうわけがない。
現在なら紙で入稿したりされたものも電子化して統一して保存しているのが現状ではないのでしょうか。
そろそろもう一度日本でも話が盛り上がってくれないか、と期待したいのですが。

・要素デバイスの進化、低価格化(CPUや記憶メディア(フラッシュメモリやHDD)、液晶価格の下落)
・出版界の電子化が進んだ
・エコロジーの推進

今のエコロジーというのは私はうさんくさいと思っているのでそれに乗っかるのはアレなんですがそれに乗っかってみましょう。
紙に関するエコロジーというのはリサイクルではない。

古紙再生は偽装問題になったのでご存知のかたも多いと思いますが、私は製紙メーカーを責めるのもちょっとかわいそうに思います(もちろん嘘をついていたのはほめられませんが)。
これは古紙再生は経済的に釣り合わない、つまりコストがかかる、つまりエネルギーコストとしてもあわない、ぜんぜんエコロジーではないってことなんですよ。
彼らは偽装する前にいろんな研究したり開発したりはしたんだと思います。
それでもどうしょうもなかった。
一方で古紙再生はエコロジーだという一般通念が世の中に広まってしまった。
一定比率は古紙を使わないといけないとかいうわけのわからない話も出てきた。
その間に諸費用の高騰もあり、偽装をせざるを得なかった、そういうことだったんだと思います。

書籍をそもそも紙で発行しないという方向にもっていくべきなのではないでしょうか。

たとえば新聞を取っている家庭も多いでしょう。
そうでなくても私のようにコミックやら雑誌やらを含めれば月に数十冊は書籍を購入している人も多いでしょう。
これらで“消費”している紙をなくせばせせこましいエコバッグとかマイ箸とかそんなもんは誤差でしかないCO2削減ができるんじゃないですか。
そう考えると現在5,000億ともいわれるリサイクルに対する税金投入をすこしは電子書籍にもっていける。
環境税が仮に導入されればそれを電子書籍にもっていける。
これはつまりコストと実際に購入者の負担のギャップを埋めてくれる効果があります。

まあ、利権まみれの政治屋どもがそうしてくれるかはともかく、理屈上はそういう方向もあるはずなんです。

こんな話はともかくとして、私はこれから所持するであろう書籍が一枚の板に全部入ってくれるのであれば大いに歓迎します。なんとかならんもんかと思うわけです。

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