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2008/07/23

テレビや新聞で詳しく報道されない「毎日新聞英文サイト変態記事事件」、一体何が問題なのか? - GIGAZINE

リンク: テレビや新聞で詳しく報道されない「毎日新聞英文サイト変態記事事件」、一体何が問題なのか? - GIGAZINE.

私も2ちゃんねるはよく見ているので見かけていたが、正直あまり興味はなかった。
ニュー速+あたりはわりかし下品なところであんまり近寄らないし。
どうでもいいと思っていたのが正直なところ。
毎日自体がポリシーとして好きな新聞ではないし。
いろんな意味でもっとも面白くない新聞だと思っている。

まあ、それはさておき、この記事を読んで最初に違和感を感じたのは
「毎日のエライ人がだれも自分のところのサイトをみてないんですね」
ってことです。
担当者レベルの忠告とか他の人からのメールなんか基本的に抹殺されますよ。こういっちゃなんですけど。
一番効く(聞く)のはエライ人のまさに鶴の一声です。
なにより不幸なのは担当記者レベルでは海外の記者さんからの忠告があったようなんですが、このエライ人にはそういう繋がり(お友達でも社交的な繋がりでもいいです)がなかったんじゃないか、ということです。
つまりエライ人ってもう社会的に隔絶された生活をしているんじゃないかと人事ですが心配になります。

チェック機能とかそういうのはもちろんあれば良かったんでしょうが、それはちょっと外れかもしれません。
チェックする人が無能だったり、なにかしらの利益を得るために結託する場合だってあります。(今回はそこまでの話ではないのかもしれませんが)
新聞とか雑誌とかそういうものは編集長・デスクと呼ばれる発行責任者がいて、必ずチェックします。
限られた紙面にどうアレンジするか、どういう方針で記事を組むか、もちろん文章にもチェックが入るわけです。
驚くことに今回は編集長と書いている人が同一になっていたわけです。
わずかな人数で無理無理にやるのならいっそやらなければいいのに、と思うのですがね。

これが二律背反というか、ジレンマなのでしょうか。

ネットでなんか記事をやりたくない、金がもったいない(から非常識なまでに人数を減らすんですよね)
しかしネットもやらないと将来的に問題があるかもしれないし、
他社もやっているから格好がつかない。

こんなポリシーのない状態でうやむやのうちに運営しているんじゃないでしょうか。

2ちゃんねる含めて掲示板なんか誹謗中傷あることないことが簡単に書かれて世に出てしまうという。
ネットの暗部とか負の部分とか簡単にいいますが、別に暗部でもなんでもないのに毎日新聞のサイトでそれが行われてしまったわけです。
さんざんネットを馬鹿にして無法地帯だのなんだの言っていたわけですが、管理できるはずの自分のところでまさにそんなことが行われてしまったわけです。
よく便所の落書き、といわれますが(実際にはそこまでひどいのは珍しいですけどね)、まさにそのレベルの記事が書かれていたわけです。
2ちゃんねるでさえ卑猥な書き込みや誹謗中傷が繰り返されればアク禁(アクセス禁止、というか書き込み拒否)の処置が管理者によって行使されるわけです。(管理者もみているし、たいがいは同じスレッドの人からの通報)
それ以下だったってことなのが現実だったわけで完全に毎日のほうが「レベルが下」となったわけです。

なのに偉そうに「お前ら、訴えてやる」なんていうからまさに爆発したんでしょうね。
心情はわかります。
日ごろ自分らを馬鹿にしておきながらてめえらのほうが低質じゃねえか。それが白日の下にさらされたのにまだなにか偉そうなことを言うか、こんな感じなんでしょう。

さて、広告主の離反についてもうちょっと考えて見ます。
広告主の離反をはいそうですか、といってあきらめるでしょうか。
そんなわけはありません。重要な収入源なのですからそれこそ必死にとめにかかります。
偉い人総動員で陳謝、説明をして継続してもらうようにします。
ちゃんと説明して納得がいけば翻意することだってあるでしょう。
ここまでさっぱりなくなるというのは正直意外です。

つまり、広告主に対して、納得のいく改善策を説明できなかった、のではないでしょうか。

毎日は広告主に対する圧力の程度と考えるかもしれませんが、その圧力というのはほぼメールや電話、手紙によるものとしか思えません。(ネット人というのはその程度のものなんです。ネット上で暴れていても)
一方、毎日はその会社に直接出向いて説明をしているはずです。
直接顔をつきあわせて誠意を持って話すというのは非常に効果があります。
その差があるにもかかわらず広告主の翻意を得ることが出来なかった。
これが非常に重要なところではないでしょうか。

毎日の調査なんたらのあげた要因をみても何か不足感を感じます。
本質はそこではないのでは、ということを直感的に感じてしまいます。
別の言い方をすれば思慮が足りない、考察が足りない、そんなところではないでしょうか。
これではまた再発してもおかしくはない、そう感じざるを得ません。

ここにお詫び記事がのっているのだがどうにもしっくりこない。
文章にプロらしさ(いい意味での形式的な調子)がみられないのはなぜだろうか。
堅苦しい文章に見えても隙のない法律文のような文章がかかれるのが通常である。
しかし非常に悪い意味で平易な文章になっている。
内容はともかく、まずこの点に懐疑的な念を持ってしまう。

まあ、そんなところはさておき、根本的なところは
「金がなく無理に少ない人数で放置状態でやらせていた」
「ほとんど数人で作っていたも同然」
「責任あるまっとうな判断ができないレベルの人に責任者という肩書きを与えていた」
「上の人もうすうす感づいていたが結果として放置した(担当範囲内だが他に忙しくて時間を割けない)」
この辺じゃないでしょうかね。どこの会社にもよくある話です。
だからこそ危険なんです。なるべくしてなってしまったともいえる。
結果、問題がおきて、やっとやばいときづいてから体制を作ろうとする。
今回は毎日新聞本体の危機(毎日.jpではなく毎日新聞の新聞広告まで退かれたら大変ですからね)を感じてやっとまっとうな体制をひこうと思っただけではないのでしょうか。

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