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2008/03/29

これ以上高機能なPCはいらない時代

リンク: 笠原一輝のユビキタス情報局.

私の感覚ももう高機能だったりやみくもに外でPCを使おうと思わなくなっている。

仕事・出張でPCを持ち運ぶことは多かったが、最近は必要性がなくなっている。
たとえばメール程度なら携帯電話で十分である。
出先でネットは普通に使える。自分のPCを使う必然もさほどないが現実。
どこでもPCがあるという普及が、逆にPCを持ち運ぶ必然性を減らしている。
自分のPCを持っていくのはそこにPCがないということが大きい理由だった。

今はネットカフェはどこにでもあるし、大型家電店があればそこでちょっとネットに繋がっている売り場のPCを拝借できる。これで調べものをすることができる。
携帯電話でも十分に調べ物が出来る。

私個人でいえばあとはザウルスで十分である。
移動中に文章だけは紡いでおく必要がある場合にはこれで十分であり、ネットでの調べ物もできる。
体裁は会社に戻ってから文字列を流し込んで整えれば良いのだ。

そんな状態ではむしろ軽く、安く、そこそこのPCがあれば十分と考える人が多くても不思議ではない。
実際にEeePCはセカンドとしてパワーユーザーが買っているそうだ。
品薄だとどうしてもそうなるだろうが、そもそもこのことに気がつくのはパワーユーザーである。
パワーユーザーほど使いわけをできるのでEeePCで使える領分というのを把握している。
また、まだうちの周りでは手に入らない。これではまだパワーユーザーしか買えないのが現実だろう。
本格的な普及というのはまずはどこでも手に入るようになる必要があるからだ。

まあ、なんにせよパワーよりも値段や不要なものをとりさったすっきり感、ごてごてしていないで割り切ったこと、割り切り方が納得がいくものであること。
このPCが使えるという使用シーンが意外とみんな描けているのではないだろうか。
そこで大きく占める要因はマシンパワーではなくそれ以外の何かである。

これはゲーム機でも起きている。
携帯ゲームで十分。PSPもDSもみてみればPS2ぐらいのグラフィックやサウンドを持っている。
PSPが基本的性能で、DSは2画面とタッチパネルというアドバンテージをそれぞれもっている。
据え置きもWiiで十分。PS3のでかさやXBOX360の五月蝿さ、もちろん値段の高さといったデメリットを、高機能が打ち消してはくれない。
逆に言えば高機能さはもうたいしたメリットではないのだろう。

右肩上がりだったPCやゲーム機も既に円熟期に来ているのだろうか。
もうカテゴリーというかパラダイムの変化がおきないと次はないのではないだろうか。

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2008/03/28

暫定税率のマスコミ報道

久しぶりにテレビをつけてみていたら暫定税率の話をやっていた。
驚くことに暫定税率廃止に対して反対の姿勢のようだ。
しかしその内容がひどい。

・ガソリンスタンドの'先行値下げ'による赤字かぶり
ガソリン税はタンクローリーにいれた時点でかかるという。
つまり店内在庫分にはすでに暫定税率込みの仕入れをしてしまっているといえる。
在庫分は暫定税率込みの値段で売るのが正当なことである。
しかし現実には在庫がはけるまで待つことは出来ず値下げを先行してやらざるを得ないのだという。

そもそもこれもおかしな話で、消費税と同じように売った時点でのお客様からの預かり税にすべきではないのか、そもそもこれを混乱と称するのであればまずはこの税金制度のおかしな点を指摘すべきだろう。
まぁそれをいっても仕方ないが、4/1に暫定税率が廃止になり、値下げを余儀なくされるというのはもう一ヶ月も前から予想すべきことであろう。
つまり賢い経営者であれば自分の貯蔵タンクの在庫管理をすでに注意深くやっているべきであろうし、4/1にはほぼ空っぽにして4/1になった途端に暫定税率のかかっていないガソリンで貯蔵タンクを満タンにするように調整をするであろう。
というか、当然それぐらいはやっているガソリンスタンドはあるだろう。
在庫管理もろくにやっていないスタンドは競争に負ける。
ごく自然な競争原理ではないだろうか。
そこには別にインサイダー情報や抜き打ちのような運不運や不公平はない。すべては予想の範疇ではないのか。
無論、完全には0にはできないだろうから若干はかぶることにはなろう。
しかしそこは他店に先んじての値下げで客を取れるわけでその分の売り上げの向上で相殺出来るかもしれない。
その分はじっと他店をみながら待つことになるかもしれない。

・道路の入札を延期した
当然だろう。暫定を見込んで予算確保、入札を予定していたのだから。
なにが混乱なのだろうか。
仕事が減るからうちは潰れるしかないなどとぼやいていた会社もあったが、暫定税率があるからぎりぎり維持できていた会社は残念だがそもそも時限爆弾を持ちながらいままでなんとか持っていたに過ぎない。
暫定税率の期限があるうちになんとかしなければならなかっただけのこととしかいいようがない。

・道路が修理できなくなる
今、新設の道路を建設予定していない地方があろうか。
おそらくないだろう。私のいる県でも、いや、私の行動圏でもたくさんの拡張や新設(ひどい狭い道が立派な道路になるようだからこれは新設だろう)がある。
しかし報道の中では新設の道路のことを一切取り上げていなかった。
予算が減れば修繕を優先させて新設を繰り伸ばしにするのは当然のこと。
新設ができなくなるなどと報道したら当たり前だと反論がくることはさすがに予想していたのだろう。
どんなに多くても半減、道路特定財源以外からも道路への拠出があるからそれ以下である。
(ある県では道路特定財源は半分以下。暫定分はせいぜい1/4である)
それで修繕に不足する事態が本当にありえるのか、極めて疑問である。
新設自体をとりあげなかったこと、その割合や予定予算配分例を具体的な数字を持って示さなかったことが極めて怪しい。

・借金を返済できなくなる。その結果福祉や教育が削られる
これにいたってはまったく呆れるしかない。
そもそも道路特定財源を借金返済に充てているのがおかしい。
わかっていてそういう報道をしているのか。
とんだミスリードとしかいえない。
福祉や教育が削られるといえば共感を得られると思っているのか。
どこまで視聴者を馬鹿にしているのだろうか。

道路特定財源云々議論の前に、このようにまっとうな現実把握や理論的な考察が一切出来ていない。
政治がこのネタを政争の道具としている云々はともかくとしても、マスコミがこのようなレベルではお話にならない。

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2008/03/27

"AdebeRGB比"に御注意

色域は広すぎてもダメ:
「Adobe RGBカバー率とAdobe RGB比の違いとは?」――ナナオの“広色域”説明会 (2/2)

なるほどと納得できる話が多くなかなかためになる。
なかでひとつ気になった点があったのでピックアップしておく

Adobe RGB比とは、液晶ディスプレイの色域とAdobe RGBの色域の面積比を指す場合が多く、赤、青、緑の座標がAdobe RGBの座標からずれていても、面積比さえ同じならば、「Adobe RGB比100%」という表現が可能になるからだ。色域の面積比だけでは、実際にどの程度Adobe RGBの色域を表示できるかは把握できないという問題がある。

ええー!と心の中で叫んだ。それって詐欺じゃないの、って正直思う。
「可能になる」ってどういう規定なのやら。いいのか、Adobe。
面積が同じならいいって、一体・・・意味がわからない。
で、

これに対して、ナナオは広色域の液晶ディスプレイで「Adobe RGBカバー率」という言葉を採用している。液晶ディスプレイの色域をAdobe RGBの色域と比較する場合、どの程度Adobe RGBの色域を覆っているかを示す指標だ

とのこと。当たり前のことなんだがちゃんとやっているナナオは偉い。
私はこっちのことだと思っていた。

逆に言えば面積が同じであれば謳っているメーカーもあるということだな。
次はこういう色にこだわって買うことになるだろうから、安値に騙されずに十分に気をつけることにしよう。

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2008/03/22

ガソリン税について

暫定税率の議論が全く見えてこない。

まず必要かどうかという議論、つまりそもそもガソリン税とはなんであったのか。
どうあるべきなのか。そこの議論にいかないと全く話にならないのではないだろうか。

一般財源化すべきなのかどうなのか、その点もそれに含まれる。
福祉目的といえばなんでも一般財源にしていいと理解されると思っているのか。
馬鹿にするのもいい加減にして欲しい。
それで騙されるような馬鹿もいい加減にして欲しい。

ガソリン税はそもそも非常な重税であることが最初にある。
ガソリン税に限らず重量税など自動車を持つことは非常に重税を背負うことになる。

それはある程度仕方ないことだとは割り切っている。
その前提はそれが道路に使われているということに他ならない。
自動車用の道路というのはともかく高品位で金がかかる。
人が歩く道路など、ぶっちゃけ獣道みたいなものでも十分で、自動車がなければガードレールもいらないし舗装すらそこそこでかまわない。
しかし自動車が安全に走行するには常に整備された、基本的に良い道が必要だ。
もちろん歩行者に対する配慮もそれに含まれるからだ。
その額は半端ではない。
その維持のためには一般の歩行だけの人にその費用を負担させるのはお門違いである。
つまり特定財源としてガソリン税をはじめとする自動車専用の財源を作り、その中から拠出すべきであるのが本筋だ。
この財源が道路整備以外の、なんたら博物館とか啓蒙活動とかそういう無駄なものに使われていることには非常に憤りを感じている。無駄な道路が作られているのも問題だ。
しかしそれはそれできちんと管理すべきことであり一般財源化への理屈に使われているのは明らかにおかしい。
一般財源化なぞされたらいまなど比べ物にならないくらいどこかに霧散することは目に見えている。

一般財源にすればこの重税に耐えている意味がまったくわからなくなる。
なぜ自動車を持つものが重税を背負うことになるのか。

自動車がぜいたく品などとのたまうのはごく一部の都心に住むものの驕りである。
自動車がなければ生活用品も買えない。会社にいくのも無理だし学校に生かせるのも無理なところはいくらでもある。
バスも満足にないし電車など数十kmも移動しないと駅がないところだってある。
コンビニさえも歩いていけば一番近くでも20分ぐらいかかる。うちは駅付近だけあってまだましなほうだ。
病院にいくにも自動車は必要だ。
それが前提で生活圏が形成されているのだ。
アメリカほどモータリゼーション国家ではないが、自動車がなければまともに生活は出来ない。


しかしながら暫定税率はいったん廃止すべきだと思う。
無駄に高規格道路の推進が目立つし、無駄な施設への支出などが目に見えてきている。
これは自動車税が余りだしているという何よりもの証左であると私は考える。
窮していればこんなことはありえないからだ。
私の住むまわりでもそれがだいぶ目立ってきている。
もうそろそろ高度成長期に作られた税率はいったん廃止すべきではないのだろうか。

やっぱり足りなければ暫定税率をまた設定しなおせばいい。
今の暫定税率は高すぎる。暫定税を継続するにしても税率をきちんと算定しなおすべきだ。
もし算定しなおした結果必要である、という論議であれば納得がいくが、現在はそれすらない。

馬鹿みたいに継続か廃止かなどという○×論議は無能さを露呈しているとしか思えない。

つまり私の結論は「一般財源化絶対反対」「暫定税率廃止」である。

もうすこし論を進める。
私がすべきだと思うのは自動車税全般の地方移譲だ。

国家主導による道路作りはそろそろやめたほうがいい。
宮崎県県知事が騒いでいるように、弱い県には金が回っていない。
私は地方へ財源移譲をすべきだと考える。
小さな国家、地方分権への流れのひとつだと私は考える。
予算を渡されて権利を渡されても困るというのが実情でなかなか進まない地方分権だが、幸いにして地方は道路建設には手馴れている。
道路は国道だけではない。県道や市道など地方が作っている道路はたくさんある。

ガソリン税を初めとする自動車税全般を地方に移譲する。
そのかわり国道はもう作らない。維持は地方に任せる。それだけのことだ。
もう国家政策で全国をはりめぐらせるべき国道はもうないだろう。つまり国道の時代は終わったのだ。

これにはもうひとつのメリットがある。
自動車を多く保有しガソリンを大量に消費する、つまり収入が多い地方はたくさん道路が必要であり道路を作れる。
自動車の少ない地方は収入が少ないが、道路が必要ないわけだから道路を作る必要がない。
つまり無駄な道など自然と作られないわけだ。

国会議員の「道路族」もいなくなる。国土交通省もスリム化できる。
そのかわり県会議員や市会議員の「道路族」ができるかもしれないが、それはいまさらということもあり、国家議員のそれがいなくなるだけ良い方向に行く。

県知事会ももっとそういう観点でもっと動くべきではないのだろうか。今の彼らの動きはまったく理解できない。

過疎化するところは税収がすくないからさらに過疎化するとかいう話はあるが、過疎化していても不思議と車は減らないのだ。
逆に過疎化するとバスさえもきられるから車を持たないとまったく身動きがとれないというのが現実。
電車などはもってのほかで本数の削減や路線の廃止さえも起きる。
電車がちゃんとあるところはまだまともなところなのだ。
国鉄の時代ならともかくJRになってからはともかく厳しい。

じゃあバイクは?とかいう人もいるがたいがいそういうところは冬は寒くてバイクなどつかうのがつらい。
最低限が軽自動車になる(農家なら軽トラック)。
自動車だけは切れないのが現実。つまり意外と自動車税というのはちゃんと必要に応じてあるはずなのだ。

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2008/03/11

第2回「声優アワード」発表。主演男優は宮野真守、女優は平野綾

リンク: 第2回「声優アワード」発表。主演男優は宮野真守、女優は平野綾.

去年もコメントを書いたので今年も。

残念ながら今年は辛らつな言い方をせざるを得ない。

主演男優・女優ともまったく納得がいかない。
受賞の理由として挙げられるものがあまりにも弱い。
ガンダム00はそもそも作品として弱い。
特に00ではアムロやシャアのような絶対的なキャラはなくむしろ多くの人が絡み合いながら作品を織り成していく感じだ。
その中で特筆する役や役者を挙げるのは理由として厳しい。
ハルヒはもう既に過去の作品だし、DEATHNOTEも既に2006年であり過去の作品に過ぎない。
それを2008年に表彰する賞の理由にするにはあまりにも説得力がない。
出演作品の数や作品でのインパクトがない。
まあ数ではなくてもいいが「そのひとであるからこその演技」というものがない。

らき☆すたは嫌いな作品ではないが、良い作品かといえば疑問符はつく。
ある意味刹那的な作品でありシニカルな笑いの分類になる。
「それをいったら身も蓋もないだろう」というような苦笑である。
別に教育的なものがいいというつもりは全くないが、はっきりいって人に勧めるには躊躇する作品であることには違いない。

しかも「声優アワード」であるにもかかわらず「声優という枠に収まらない活動の幅の広さ」を評価するというのが全く理解できない。
声優専業よりもマルチタレントであるほうが声優として評価されるという理屈なのか。

そもそも実際問題として私は去年・今年は声優・平野綾の声を聞かなかったと思う。
調べてみれば出演作品が限定地域の民放やOVAというメディアでのものだけだったようである。

ここまでくると「出来レース」「受賞させるために理屈を並べた」としか思えない。
もう少しまともな「言い訳」ができる人を受賞させてもらいたい、と思うわけである。
できないのであれば次からは「角川声優アワード」とでも改名していただきたい。

さて、話を戻す。ひとつづつ評価するのは面倒なのでかいつまんで。

役どころでは「木村カエレ」「三橋廉」。この2つはなかなか難しい役どころだから、新人でこれを立派に演じたのは十分に評価できる。
ちなみに「さよなら絶望先生」は声優にとって難しい作品である。
作品や作風や流れが声優にかなり無茶をさせている。
神谷氏も受賞しているが、これは妥当な線だと思う。
マ太郎の怪演をなんなくこなしてしまう沢城みゆきも評価して欲しいところだが。

釘宮理恵はむしろ主演賞をとっても不思議ではない。主役でもいくつかの作品にでているし、レギュラー作品も非常に多い。演技もハマリ役であり、代わりがいないだろうと思わせるレベルにある。
今、一番ノッている女性声優ではないのだろうか。

声優というのは多くは「旬」がある。
基本的に自営業に近く仕事は自分でとってくる場合が多いらしい。
アニメや吹き替えの仕事は基本的にオーディションであるケースが多いからだ。
所属事務所を通して仕事の紹介があったり、監督や原作者などの希望で指名がある場合もあるようだが、基本的にはオーディションなりで決めるようだ。
世間の流行り廃りもあるし、ぜんぜん仕事がとれないこともあるらしい。

一世を風靡した人気声優も必ずしも仕事にありつけるわけではない。
今回賞をいただいている古谷徹さんも声優としては実績もあり、非常に有名だが、では今年なんの作品にでているか、といえば、どうもないようだ。

だからこそ、その旬の声優さんをきちんと評価していって欲しいと思うわけである。

もっと数値的に、主演や助演・レギュラーなどのランクと作品数、作品の放送形態によるレート(全国放送や地方局放送、OVA等)、またはリバイバルのDVDBOXの売れ行きなども含めて評価するというような手法もあって良いのでないだろうか。
数出ていれば良いというものではないのはもちろんだが、しかし一部のマイナー作品と僅かな過去の作品だけで評価されるようなのよりはよっぽどましだ。

皮肉を込めて来年の受賞者が誰になるか今から楽しみである。

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