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2008/02/24

スマッシュブラザーズX

このソフトのユーザーインタフェースは久しぶりに見るひどいものだ。

Wii基準では最低ランクではないだろうか。
まずWiiリモコンのポインタは一切無視している。

キーのコンフィグに関してもできるということが公式サイトにもかいてあるが、実際には制限が非常にある。
私は結局思ったとおりの割り当てができずに、妥協しまくったあげくに、さらに1と2キーの同時押しにまでアピールを割り振ってという妥協せざるを得なかった。
ヌンチャクとリモコンであれば機能(動作)に対して十分なキーの数があるにもかかわらず、である。

もっとひどいのはキーに対して「おなまえ」が割り当てられるのだが、そのキー割り当てをする[オプション]-[ボタン]にはそれを消すメニューがないことである。
取説には一通りの説明しかないし、公式サイトにも何も説明がない。

質問掲示板を丹念に探したところ、[みんなで]-[おなまえ]のメニューで消すそうである。
これに気づくことはまず無理だろう。

そもそも私のように一人でのプレイをするか、WiFi対戦ぐらいしかしない人間には[みんなで]など開いたこともなかった。
間違えて押したことはあるが、当然すぐに戻るのでメニューの内容など覚えていないし[おなまえ]のメニューがそんな機能を持つなど想像もしない。
さらにいうとこのメニューは確かに消去がその機能なのだが、アイコンが鉛筆マークなのだ。
これではおなまえを入れるメニューであるという感覚を持つのが普通であり消去するためだとはとても想像できない。
せめてオプションメニューの中にいれておいてくれれば気づくだろうがそれですらない。

他にもひどいところはたくさんある。

ともかくもディスクを読む。
ちょっとしたメニューの移動やキャンセル動作などでもディスクを読む。
その鬱陶しさといったらない。
もちろんPS2の時のようなひどさではないものの(それだったらとうに投げ出しているわけだが)ともかくやかましい。

それでもゲームは非常によくできているし、楽しい。
WiFi対戦も思った以上に快適だしよく練られている。
おきらく対戦でのユーザーのランクわけでのマッチングはどうやらなさそうだが、まあ、それはどうでもいい。

それだけにユーザーインタフェース、メニュー構成に関してはもうちょっとなんとかならないのか、ということに残念さを感じる。

このゲームの基本がGCコントローラーであり、一台の前に対戦相手が座って「みんなで」対戦するのが基本である。
どうもそういうのが大前提で作られたゲームのようである。
ユーザーインタフェース(特に文字入力など)はリモコンとポインタを使えばはるかに快適になるにもかかわらず、あくまでGCコントローラーでもっとも快適になるということが前提としたものにデザインされている。

ネットワークに関しても、[WiFiコネクション]を選ぶと初めて接続をする。
そこでネット経由でリプレイやステージ、写真の配信が受け取れるわけだが、それを見るのは選んだ先のWiFiコネクションの中では見れない。
一旦はそこを抜けて(ネット接続を切る)、[コレクション]にいったり、ステージは実際に[みんなで]でプレイでもしないと見ることができない。
この辺も流れとしてなんか不愉快としかいいようがない。

総じていえば実にGCらしいソフトであるといえる。Wiiらしいのではなくて。
要するにGCソフトのリメイクのような印象を受けるわけである。
同じGCのリメイクでありながら、Wiiらしさを十分に取り入れたゼルダの伝説やバイオというものがあるにも関わらず、である。

それでもスマブラXは楽しい。
本当によくできている。
GCの中でもっとも売れたソフト、負けハードのはずのGCでありながら、ミリオンを突破したというのは伊達ではない。
値段だけの価値は十分にあるし、これらの欠点はさほどでもないと思えるほどの魅力がある。
WiiでWiFi対戦をいれて一気に魅力を増しているといえる。

ひとりでのアドベンチャーモードも十分なボリュームでよくできている。
これをやると必ず一通りのキャラクターである程度の操作の習熟を余儀なくされる。
つまり食わず嫌いのキャラがでてしまうことを防止している。
また自分で扱うことによってキャラの長所短所が実によくわかる。
コンピューターであろうと人間相手であろうと、対戦相手になったときにそのキャラの長所短所を知っていることは実に重要なことである。
そういうところは実によくできているといえる。
GC版では実際に遊びに来てくれる友人がいないと楽しめる作品ではなかったようだ。
しかし今回の作品では、ひとりでも遊べる(無論WiFiでつなげる友人がいればなお遊べる)。

だからこそユーザーインタフェースのひどさは際立つ。
次はないし、いまさらどうしょうもないがそれだけに残念だなと思うわけである。

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SDとHD画像

SD画像とはStandardDentisy 従来の解像度。
最高でも720x480(日本/米国等)もしくは720x576(欧州の多く等)の
画素数構成される映像
HD画像とは1920x1080もしくは1280x720の画素数で構成される映像
前者はFullHD、後者はHalfHDと区別されることもある。

さて、HD DVDの撤退を受けて、そもそもHD配布メディアというのは必要なのか、という論議がある。
ネットで十分ではないのか、そんな議論もある。
DVDで十分ではないのか、という議論もある。

そもそも、に戻る。
HD画像はハイビジョンというNHK研究所等が中心になって研究されたもので、次世代テレビはどうあるべきかが議論された。
その中で3次元映像か、大画面か、と絞られ、大画面が先だろう、ということだったようだ。
大画面となれば従来の画素では粗くてみられたものではない、それならば画素数を細かくしなければならない、ということになる。
逆に言えば大画面でなければHD画像は不要なのはあたりまえなのだ。
では大画面というのはどのあたりか、といえば最低でも30インチ、40インチ以上あたりのようだ。
ブラウン管しかなかった時代では36インチが最大であったが、これはブラウン管の本質的な問題、真空とガラス強度の問題があり製造限界からきている。
製造技術限界というより物理的限界とされているようだ。
ブラウン管に対するブレークスルーとして液晶とプラズマという方向で大画面化技術が進み、今日に至っている。
これも大画面化という要請による流れである。

ちなみにプロジェクター、プロジェクションテレビ(リアプロ)という方向もだいぶ進んではいる。
前者は投影という設置条件とランプ寿命からくるランニングコストの高さ(一時間あたりの値段を考えてしまうほど短寿命で高い)、スクリーンへの投射のため明るい部屋では白くなってしまう(これはプロジェクターがいくら明るくなっても回避できない)という本質的な問題がある。
黒いスクリーンに投射という方法もあるがこれだととんでもない明るさのプロジェクター(実現はされているが家庭で買える値段ではない)が必要。
後者はこれは背面投射となるがこれもスクリーンの問題で視野角が極端に狭い。
液晶も視野角が狭いといわれるがその比ではない。液晶は色の欠落だが、この場合は明るさの欠落であるため致命的である。

ちょっと話がそれたが、そんなわけでHDかSDかを論じるにはまずテレビが最低でも30インチ、できれば40や50クラスのもので論じないと話にならない。
SDでもHDでも大差ないじゃないか、というひとは評価基準がブラウン管だったり30インチ以下のテレビだったりする。
アップコン(アップコンバート)すればいいじゃないか、ということもいわれるがそれもなにかアップコンが特殊で魔法のようなイメージを持っている人も多いが、そんなにたいしたもんじゃない。
もともとない(欠落している)情報を周辺の情報から予測して補っているに過ぎない。
つまり偽造しているわけだ。ないよりは偽造したほうが良い、という考えもあろうが、そもそも欠落しているほうが問題だ。
欠落をより少なくするのが、HDで記録する、ということになる。

情報は圧縮でも欠落する。
従来DVDにHDを高圧縮でいれればいいじゃないか、という説もある。実際にそういう技術も実用化されている。
これも従来のSDよりは良いが、所詮は高圧縮で情報は欠落している。
わかりにくいか、わかりやすいか、という議論でしかない。

まぁ、難しい議論はおいといても、実際に大画面で従来のDVDとBDなりのHD画像をみれば一目瞭然なのが実際のところな訳である。
いくら何十万もする高級DVDプレイヤーを使ってみても、安物のBDプレイヤー(PS3でもいい)のHDMI接続をしたほうがはるかに綺麗。
SDであるDVDの信号はプレイヤーなりテレビなりで当然アップコンバートされるわけだが、その際にどうやってもボケる。
ボケなくすればジャギー(ぎざぎざ)感がでる。
これはどうしようもなく回避できない。
つまりDVDはなんかピンボケの絵をみせつづけられるようなものだ。

よくCDとSACD/DVD-Audioとの比較もされるが、私にはSACDとCDの差はブラインドではまったくわからない。
良いCDプレイヤーと安物のSACDとではCDのほうに軍配を上げてしまうこともある。
もちろん再生環境は私の感覚では百万円は越えるようなものでないと話の俎上にすらあがらない。
大画面に50万出す人はそれなりにいても、音だけに百万出す人はそうそういないだろう。
こんな環境でただでさえタイトルの少ないSACDを買うような人はよほどの酔狂だ。

映像なのだから静止画の代表であるデジタルカメラで考えればわかるかもしれない。
SD画像は35万画素程度、つまりデジカメ黎明期の画素数にあたる。
一方HD画像は200万画素程度。これは現在のデジカメの一般的な画素数といえるだろう。
35万画素など携帯電話でももはやない。
その昔、自分取り専用カメラということでついていたレベルで、一人の人物だけを画面一杯取りでそこそこの画質でとれる、というレベルの認識ではあるまいか。
景色や記念写真を撮るレベルであるとはちょっと思えない。
デジカメプリントなどをすればたちどころに粗が出て見るに耐えない。
いわゆるプリクララベルといったところか。
200万画素であれば写真としてそこそこ使用に耐える。
このレベルになればようやく従来のカメラの代わりとして使う気になるレベルではないだろうか。
実際に従来のカメラを捨てて乗り換える人たちがではじめたのはこのあたりのクラスを気軽に買えるようになってからではなかろうか。

つまりこの辺の画素数が本来は必要なレベルだったはずなのである。

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そうするとゲームもHD時代ではないか、という説になる人もいるがそれは違うと思う。
PS3やXBOX360ではまだまだ足りない。
画素数はHDになったのだが、論理上は細かい画素数を描けるようになっただけで、細かく描けていない。
ポリゴン数が増えただのなんだのいう数値は単に従来より増えた、というだけでHDレベルにとって必要な数かというとまだぜんぜん足りていないのではないだろうか、というのが私の印象である。
いや、SDにあてはめてみても足りないのではないだろうか。
さまざまな効果(イフェクト)に関しても同様である。
効果を入れるとフレームレートが落ちるのでやめている、というのが実際にはあるのではないだろうか。
もちろんアクションゲームにおいてはフレームレートが最優先事項であるから適切な判断であろうが、しかし、それならその効果って無いと同じではないか。
一方、止め絵なら描画能力として持っている必要は無く、プリレンダリング(事前に用意しておく)で十分である。

このような疑問を持ったのはWiiの画像とXBOX360やPS3の画像を見比べられるようになってからである。
SDレベルでまだまだやるべきことをやりきっていないのではないか。そう思えてくる。
実際に同じSDレベルの映像なのにPS2とGC、そしてWiiではまったく質感が違っている。SDの範囲でも進化はまだ不足である。
衝撃に近いものを受けたのは、Wiiのマリオギャラクシーでの蜂やもぐらでの毛の質感(もふもふ感とでもいおうか)である。
ゲームの性質もあろうが、XBOX360やPS3の画像は、細かいのかもしれないがやわらかさや質感に欠けるものばかりなのである。
確かにジャギーは少ないが、動きにぎこちなさがあるし、なにか平べったく違和感がある。

現在の(家庭に使えるような)半導体技術ではCGのリアルタイム描画においてまだSDすらも使いこなせておらず、HDは時期尚早ということではないのだろうか。
考えてみれば技術的にいって圧縮されたHD画像をようやくリアルタイムで復元して表示できるようになり、また、信号の伝送もできるようなった。
そんなレベルだからこそ、やっとHDテレビやプレイヤーやレコーダーが家電として販売されるようになったわけである。
CGのリアルタイム描画というはそれよりも何桁も難しく大変なことだから、HDで現在においても十分にできなくても無理は無い。

つまりゲーム機におけるHD化というのはそもそも現時点の技術では無理難題だったのではないのか、と思うわけである。
もちろん、現時点では、というだけで将来的にはHD化に進むのは当然の方向である。

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BD vs HD DVDや、DVDはなくならないとか、ネットワークもからんでいろんな議論があって面白い。
よくたとえ話がでてくるが、一瞬納得しかけるがどうも結論ありきの誘導に不適切なたとえのものも多い。
じっくり実体験をもとに考えることが大事なんだなということを再認識する面もあって実に面白い。

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2008/02/19

東芝 HD DVD撤退

・東芝の株価があがった
株式市場はもうHD DVDの負けは決まっているという観測なのだろう。
撤退は歓迎ムードで迎えられた、ということになろうか。
もはやいつ撤退を表明するのかということしかなかったのかな。

・撤退は消費者無視か
撤退は消費者重視したからこそのわりと早期の撤退表明だと思う。
すでに買ってしまった人に云々という論調があるが、いわゆるアーリーアダプターの部類の人だけである程度は撤退を覚悟しての購入だと思われる。
始まったときから既に負け戦というところが見えていたのだから仕方あるまい。
それよりも傷を深くしなかったことは評価に値する。

・消費者不在での決着
これもどうかと思う。
曰く、大手映画会社や流通の動向で決まってしまい、消費者の意向は無視であると。
両者に一長一短があれば選択は消費者に委ねるべきであろう。
しかし今回の件はほとんど差がない。
技術的にはぶっちゃけどっちでもいいのである。
そうなるとむしろどんなソフトがでてくるか、が重要になりそれがそのまま価値となる。
すなわち大手映画会社や流通がどっちを向くかで決まることになる。
消費者にしても多く見ても両方で痛みわけ、おおむねBDの方が多いという結果になっている。
なによりも最後の鍵となったワーナー自身がBDで出したほうが売れるという判断を下したのだ。

・数の原理
今回はメーカーの意向も大きく響いた。
次世代ディスクの普及に大きなポイントは次世代テレビ、つまりハイビジョンテレビの普及が大前提となる。
国内のことであるが、テレビとレコーダーを一緒に買う人が結構多いらしい。
レコーダーをあとで買うにしろテレビと同じメーカーのものを買うらしい。
技術的には同一メーカーのものを買いHDMI接続をすればテレビからレコーダーのコントロール(電源や予約録画再生など)ができることをウリにしている。
これはHDMI接続で初めて実現した機能で従来はなかった。
いってみれば囲い込みである。
また安心感がある、お店の人も同じメーカーを勧めるなどの理由もある。
そうなるとテレビのシェアというのが重要になってくる。

・テレビのシェア
ソニー、松下、それにシャープ。この三社のテレビの台数シェアを合計すると日本を含めて世界的にみて圧倒的である。少なくとも東芝はまったく太刀打ちできない。
HD DVD寄りの日電、日立をあわせてもぜんぜん足りない。
このシェアがBDとHD DVDにつながっていくとすればHD DVDにはまったく勝ち目がない。
実際にレコーダにおいてはシャープの製品などは技術的性能的機能的使い勝手など明らかに他社に劣るにもかかわらず、シェアがトップになることもあるぐらいだ。これはテレビのシェアと大きくリンクしている証左である。

・BDとHD DVDの違い
ないといったが、もちろん実際にはある。
値段はBDのほうが高めにつく。コーティング膜が薄い。
ところがこのような技術的問題は技術的に解決がつく。
材料にさほど差がなければ多少生産が難しくても結局は底値になるまでの時間が長くなるだけのことである。
早く安くなったほうがいいではないかというのもあるが、ハイビジョンテレビが普及しなければ結局数が出ないので安くなりにくい。
つまり生産の難易度の問題よりハイビジョンの要求の遅さのほうがむしろ問題なのではないのかと考えることもできる。
コーティング膜が薄い問題もこれは実際には傷の問題だからそもそも傷がつきにくい材質にすれば解決される。
いちばんの問題は容量差になろう。BDのほうが大きい。
これは技術的・生産の問題では解決されない。

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2008/02/11

WiiFitについて

WiiFitについて

発売日に購入したわけで毎日30分に届かないレベルだがやってみている。結果としては体が軽くなった。
最近じわじわ体重が落ちてきているという効果が実際に現れ始めている。

自分に照らし合わせてこれが効果のある人はどういう人かを考えると
・普段全く運動しない(外で遊ばない。休日も在宅)
・仕事はほとんどデスクワーク
・もう若くない(実年齢的にも)
・体力ないよなあと自覚がある
こういう人だと思う。

WiiFitはまず、重心とともに体重を測るのが最低限毎日やること。
これはWiiにディスクをいれなくてもできるのが良くできている。
Wiiへのチャンネル登録といって本体にインストールできるのだ。
もうひとつ。からだ測定といって体力年齢も測れる。
いくつかの「ゲーム」からランダムに2つやって決定される。
おそらく20歳がベストなんだろう。
20台がでると嬉しいし、年齢よりも高いとへこむ。
だから元から20代のひとや子供はあまりおもしろくないだろうなと思う。

体重減らしたいという人も多いだろうからその観点でWiiFitを考えてみる。
まず、ダイエットでは体重を毎日測る、ただ単純につけて表にするだけでも効果があるといわれる。
WiiFitではBMI値でグラフが自動的にできていく。
目標値とその日にちを設定できる。
体重が増えるとその理由をかんがえてみましょう、と促される。
逆に減ると順調ですねと褒められる。
これが実際に食事の時も頭にちらつく。
そこでちょっと抑えるというのが重要らしい。
我慢するのではなく控える。ここがポイント。

さて、本編の運動自体は負荷の強いものは少ない。
インナーマッスルという体幹を支える筋肉を鍛える、というより維持するのが目的のように思う。
これも若い人なら特に鍛える必要もないし簡単にできてしまってつまらないのではないだろうか。

ところが齢をとると片足で立っているだけでもつらい。ふらふらする。
片足でしっかりと立つための筋肉が衰えているからでそれを鍛える訳だ。
中年太りも腹筋とか含め本来あった筋肉が衰えているからおこるのでそれをまた鍛えなおし維持さえ出来れば良い訳。
つまりきついことも難しいことでも本来はないわけ。
厳しいと、ひとは弱いものでやらなくなる。

バランスゲームというのも実に巧妙なものがある。
ゲームをやりこむよりも、トレーニングで筋力がつくとその方がむしろ効率よくスコアが出せるようになる。
これが楽しい。
やりはじめのころは自分のからだが思いどおりに動かない。
それが動かせるようになってくるのを感じられることが楽しい。
体が軽くなっていくのが楽しい。
楽しいことがなによりも続ける原動力であるから実に重要。

話がそれた。
食事量が変わっていないのに(減っているくらいなのに)最近太り始めている、というのは基礎代謝分の減少であると考えられる。
インナーマッスルを鍛えるだけでも基礎代謝があがって食事量を変えなくてもやせる方向に行く。
基礎代謝量を元に戻しさえすれば、体重も元に戻る理屈だ。
私はまさにこの状態にある。
元からBMI的には標準内ではあるのだがやや増え気味だった。
それが徐々に減っている。
実際の数値は上がったり下がったりしているんだが、全体の傾向で見れば毎日0.1kg程度の減少をしている。

なにより気軽に楽しく毎日できるというのが大きいのだと思う。

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