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2007/09/25

間抜けなMSサイト

ひさしぶりにInternetExplorerを起動したら下のような画面が出てきた。

2

前から出ていたのかもしれないけど。
自動アップデートをなんかのきっかけでONにしてしまったのかな。

それにしても自社のOSのバージョンもチェックできないとはあきれる限りである。
云い忘れていたが、このOSはWindows2000である。
おそらくはWebサイト側の判断なんだろうが、簡単なことなのにチェックしていない。

(実は単に画像貼りのテストをしてみたかっただけである)

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2007/09/22

首都高速料金の値上げ

リンク: Business Media 誠:値上げって言わないで――首都高速、新料金体系の意図は?.

いや、誰がどうみても値上げとしかいい様が無い。

まず、普通に現金払いの場合、現状が700円、改定後が1200円。
百人中百二十人は値上げだというだろう。
ETCがどうだの、電子マネーがどうだのなどはただの附帯条件でしかない。
日本の一般人の購買の基本は貨幣・紙幣である。

また、ETCを利用した場合でも700円以上の設定があるわけでこれは値上げでしかない。
私の様に首都高はほとんど通過のために利用するような人間にとっては確実に700円以上の利用になるだろう。
またETC割引、であって割引はいつなくなるかわからない。
割引をするから値上げではない、という言い方は一般的には間違っている。
正札を値上げした値段で書いておいて、札からレジで割り引きますよ、値上げしたわけではありませんよ。
そんなこといわれても不信感を抱かざるを得ないのが通常の人間ではないか。
値上げする兆候じゃないのか、と思われても仕方が無い。

それはさておき、今回の主張のために出てきた資料はなかなか興味深い。

まずは45年間という数字だ。

間違いなく私はもう運転はしていないだろう。自動車の運転をするには高齢すぎて危険すぎる。
つまり無料になる恩恵は受けられないわけだ。
いや、それ以前の問題でもう死んでいて無料になる日を拝めないかもしれない(笑)
20歳の人であっても65歳になっている。既に定年退職を過ぎているほどだ。
それだけ膨大で遠大な数字を出さなければ割に合わないほどの話であることがわかる。

次にY=210+31Lという計算式。210円を基本料金として1kmごとに31円加算するということになる。
東北自動車道から入って羽田にぬけるまででおよそ40kmとしよう。
計算式どおりだと1450円となる。
これがいままでは700円で良いとしていたのだからむしろ無茶苦茶安かったということになる。
それだけ今まではどんぶり勘定だったともいえる。
それならば「値上げする。」「いままでは見合わない料金徴収だったのだ」と堂々といえばいいではないか。
なにを屁理屈をこねているのだろうか。

そう考えると彼らが堂々と値上げだといえないのは、そもそものこの計算式について、その正当性が実はいい加減なものなのではないのか、というところに着目せざるを得ない。
この式は会社設立にあたって「取り決め」によって存在したのであって、首都高速道路株式会社が算定した式ではないようだ。

つまりは、またもや「責任所在なき根拠」を前提とした論議になっているのだ。

どうも「今と変わっていないのですよ」という言い方に固執しているようだ。
これは典型的な逃げの姿勢、責任逃れの言い方である。

なんにせよ、こんな形態で株式会社にしてしまうなど、愚の骨頂でしかない。
どうやって監査するのであろうか。きちんと監査されるのであろうか。
不透明な金の流れはなくなるのであろうか。

株式会社が健全に保たれるのはあくまで競合他社がいる場合に限る。
それは日本でいえば例えば公正取引委員会が存在し、カルテルをはじめとした不正取引が行われ、健全な市場が損なわれることを防止している。逆にいえば、そうでもしないと保てないのだ。
株式会社になったからといって自浄するなどと考えるのは大きな間違いである。

JRも独占に近かったが、首都圏や近郊では競合の私鉄が存在し、市場により金額が決定する。私鉄がない路線もあるが、それも私鉄のある路線との整合性があるため一定の歯止めがつくのである。
つまり市場による商品・サービスの価格決定が行われるのが前提なのである。
NTTについても同様である。第2電電や平成電電などがあり、今日では携帯電話やIP電話など旧来だった電話の枠を越えて価格競争が行われた。

では高速道路はどうか。残念ながら市場による価格決定能力はないのである。
まさに今回の値上げ(価格検討)の件も「会社の一方的な論理」で話が最初に進み「意見募集といういい加減な話」で結論付けようとしている。どうみても市場によるバランスではない。

つまり自浄作用が働かないと考えざるを得ない。
むしろこれは民営化により、警戒心を強めていかないといけない民営化であるということが、改めてみえてきた事柄であるといえるのではないだろうか。

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2007/09/19

LinkTheater

なんとなくLinkTheaterつうバッファローのネットワークプレイヤーをだいぶ前に買ってみて放置していたんだが。。

買うときあんまり情報を真面目にとっていなかった私もわるいんだけど、DLNA対応のNASとかがないと駄目ってことらしい。
どっかに使えると書いてあったwizd使ってみたけど認識せず。(ファームのバージョンによるのかな?)
いまさらそのために対応のNAS(まぁTeraStationとか買うのも手なんだけど)買う気力もあまりなかったりした。
それでもUSBのHDDは繋がるんでそれに動画入れて再生してみたりしていたにとどまっていた。

ずっとそんなのもアレなんでちっと調べてみたらuShareつうDLNAを目指したのがあるらしく、これを入れてみた。
なんなく再生できる。試したのはとりあえず実験用のLinuxマシンで、いくつかのファイルの再生を試して動いたので次は玄箱にいれるか、自宅サーバーに入れるかすれば便利そうだな。

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2007/09/18

マシン語はまぁ知らなくてもいいのでは~マシン語を知らない子ども達? - Coffee Break

リンク: マシン語を知らない子ども達? - Coffee Break.

私自身はいわゆる8ビットPC時代にBASICからマシン語つう感じの人間なんですけど、まぁ、マシン語自体はどうでもいいかな、って感じです。

工業系で組み込み系のプログラミングに従事する、っていうのならマシン語は必須だと思います。
つか、いまだにマシン語で組んでいる人も少なくないですし。
それは例外的なことと、ここではしておきます。

もはや一バイトや一ステートを削って効率的なプログラミング、というのは時代遅れです。
記事にもあるようにアルゴリズムの改善が最も効く方法ですし、また、簡素で効率のよい記述(プログラミング)を使用している言語レベルで行う、ということも可能です。

なによりもほとんどのプログラマーに差し迫っているのはその納期だと思います。
つまり如何に速くプログラムを完成させるか。
簡潔であること、見通しがよいこと、バグがないこと、次回に使いまわせるものであること、他にもいろいろありますが・・・これらを行うことが結果として速くプログラムを書き上げ、バグを収束させ、完成に導きます。
システム全体を見渡す力も必要です。完全である必要はありませんが見渡せればそれに比例して良いプログラムを書んではないでしょうか。
そのため技法とかコツとか方針とかいろいろあるわけです。
そういうことを学ぶ時間に割いたほうがはるかによいでしょう。
昔から言われるようによい美しいプログラムを読むことも良い事です。

私は自分の知っているもの以外の他にも言語を知る・覚えることもお勧めしたいです。
おそらくはC言語とかJavaとか一つか複数程度の言語しか知らない人が多いのではないでしょうか。
古典的なFortranやCOBOL、Pascalがありますし(Pascalを古典というと怒られるかな?)、C言語しかやっていなければC++を習得する。PerlやAWK、Rubyなどのスクリプト系言語やtclのような簡易的言語、一風変わったAPLや人工知能記述言語と呼ばれたLISP、Prolog等も面白いです。VisualBASICではなく古典的なBASIC(今ですとBASIC98)もあります。
そのうちのひとつとしてマシン語(アセンブラニーモニック)を知るのも面白いと思います。

これらのものをいろいろやることでプログラム、プログラミングとは何か、様々な記述スタイルや考え方を知ることができます。
言語それぞれにはなにかしらの目的があります。そのため記述上の得意不得意があります。
しかしこれら全てはコンピューターに何かさせるために存在しています。
それを感じることで、きっと自分の今使っている言語のプログラミングに役に立つところがでてくると思います。

例えばC++でなくてもオブジェクト指向のプログラミングは可能です。
言語としてガイドラインがあるのかないのかの違いだけなんだと考えることができます。

それにしても今はプログラマーにとっては非常に幸せな状態にあると思います。
上記の言語は今ならばその処理系のほとんどがフリーソフトとして入手することができ、実際にプログラミングをすることが可能です。
大昔だとUNIXを触れるような恵まれた環境であったり、高価なお金を出さないと処理系を入手することができなかったりしていたわけです。
ところが今なら一万円程度(もしくは廃品同様)の中古PCにLinuxでもいれればいいわけです。これこそLinus氏の思っていた世界の一つなんでしょうが素晴らしい状態になんですね。

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2007/09/15

"日本酒”が嫌われるのは日本酒のせいなのか~Business Media 誠:日本酒が嫌われる3つの理由

リンク: Business Media 誠:日本酒が嫌われる3つの理由.

「悪酔いや二日酔いをするから」45.1%、「味」36.7%、「匂い」35.0%だった。
これらの原因はほとんどが添加物である、「醸造用アルコール・糖類」からきていることはほぼ間違いない。
例えばスーパーにいけばわかるが、「米・米麹」のみで作られた本来の日本酒を探せばそれはほとんどない。下手したら売ってさえいない。
記事の指摘の状況はこのような実情からきているに違いない。
ほとんどの若者は本当の添加物なしの日本酒を飲んだことがない、というのが現実ではないのだろうか。

というのは私もこれらの理由で日本酒は敬遠していたし、今でも添加物の入っている日本酒は、自分で購入することはもとより、宴会の場などでも飲まないようにしている(うっかり飲んでしまうと高確率で悪酔い二日酔いを起こす)。
結果、宴会の場では日本酒は遠慮することが多く、私のことを日本酒嫌いであると誤解している人も多いようだ。

これらは日本酒本来の嫌われる原因というよりは、現状の日本酒市場の問題ではないのだろうか。
(日経だからその辺はつっこめなかったのだろうか(笑))

若年層が清酒を飲むようになるには、「清酒を飲みやすくしてほしい」という意見が目立った。飲みやすい飲料として具体的には「チューハイやカクテル」が多く、「清酒を敬遠する人は、果汁を使用した低アルコール飲料を飲みなれているため、清酒に抵抗感がある」(同)と指摘している。
確かに日本酒はアルコール分でいえばビールやチューハイに比較すれば高い部類といえる。だいたい15度程度でワインと同じ程度といえる。 まぁ、薄いお酒になれている人にはこれはどうしょうもないのではないだろうか。

飲みやすさでいえば日本酒でありながら米だけで作っていてなおかつ飲みやすいものはちゃんと存在している。
今ではすっかり不味いお酒に落ちぶれてしまったがメジャーデビューする前の「じょうぜんみずのごとし」などはまさに清水のように美味しかった。
私は記憶力がないので銘柄を覚えてはいないのだが、たまには清水のようにおいしく軽く、フルーティな香りさえするものにめぐり合うことがある。

私の感覚では飲みやすい日本酒を、ではなくて不味い不誠実な添加物だらけの日本酒と称するものを法的に分離してほしいというのが願いだ。
現在でもいちおうの分類はされている。
「純米酒・純米吟醸」等の純米というキーワードがそれで米・米麹以外は使わないものだ。
しかしそれ以外も日本酒と名乗れるのが問題であってこれこそ雑酒と称すべきではないのか。
理解不能なのが米が「混ざっていれば」日本酒で、しかし一方で濾さないといけないということだ。
いわゆるどぶろくを迫害する姿勢なのだろうが、実にせせこましい。
本来の日本酒という意味からすれば(米の発酵後の)どぶろく~(それを濾した)清酒までが日本酒と称してよいはずだ。(ちなみにこれに雑穀をぶちこんで蒸留すれば焼酎。しかしこの“焼酎”も酒税法の分類では酷いものだ)
すくなくとも日本酒本来の製法からは邪道であるアルコールや糖類添加をしたものを日本酒と呼ぶよりははるかに正当ではないのか。

改めるべきは、日本酒製造界(まぁ、大手は改めるべきところは多いが)ではなくて、おかしな捻じ曲がった税法の論理から、酒の分類や呼称をいじり、おかしなことにしている行政ではないのだろうか。

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2007/09/14

圧縮後になんか合わせないで~[WSJ] iPodとMP3はポップスを劣化させているのか - ITmedia News

リンク: [WSJ] iPodとMP3はポップスを劣化させているのか - ITmedia News.

最後に結んでいるように、どんどんロスレス(可逆圧縮)の方向に進むのではないだろうか。
そこまでいかずとも、もしかしたら圧縮率を下げてより高音質に設定をかえるかもしれない。
いまやシリコンでも16G、HDDにいたっては160G/80Gなのである。

私自身も前世代で80G(30Gでは不足だった)を買ってからは容量をもてあますようになって、最近の購入したもののリッピングはとりあえずAppleロスレスである。
容量が足りなくなったら、そのとき飽きたりどうでもいいやという奴を適時MP3なりAACなりに再変換して“圧縮”すればいいやと思っている(この再変換もお手軽なのがiTunesの偉いところである)

音楽製作者の方には安易にMP3でよさげに聞こえるなどというのはさっさとやめて、普通にオーディオセットでよく聴こえるように作って欲しい。
音楽をiPodで聴く人も多いだろうが、オーディオで聴く人だっているのだからその人たちを裏切らないで欲しい。
iPodで聴いている人が、なんかのきっかけで、実はいつも聴いているアレがちゃんとしたオーディオで聴くともっと豊かな音を含んでいるんだ、と気付いてくれることを期待していて欲しいと思う。

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2007/09/12

"壊れ上手”は解決策にならない

”壊れ上手”な家電品をつくれ

まぁ、ヨタ記事なら目くじらを立てるほどの話でもないが、「プロの視点」などとほざいているのできちんと突っ込みを入れておかないといけなさそうだ。

壊れ上手などという言葉を弄しているが実にアマチュアっぽい思考といわざるを得ない。

まず最初にいっておくと、今回のような事件は「万が一」どころか「億分の1」でもまだ確率が高いぐらいの偶発事故であるといえる。
ここが重要なポイント。
頻発したり傾向不良と呼ばれるような顕在要因によるものであれば対策を打つことは非常に重要かつ必要なことである。
が、今回の話はまったく異なる。

アマチュアレベルの思考であれば設計段階で仕込む、とかそういう発想はできる。
しかしながらそれを億分の1の確率でおこるようなことに対して「保証」しろとなると頭を抱えるしかない。
そんなことは不可能だからだ。

壊れる仕掛けを組み込む、と言葉では簡単であるが、単純にその壊れる仕掛けが壊れることだって十分に考えられる。
それが設計や生産の現実というものである。
そしてコストがそこにはかかる。

・机上の空論=コスト度外視ならできるけどね
例えば決して失敗してはならない、医療機器や軍事関係、航空機や宇宙機器などであれば何重にもフェールシステムを組み込み、そのために十分な相応なコストをかけることは可能であり、対策を打つことが可能である。
そうでなくても家電に近い業務用の機器では同様に相応のコストをかけて対策をとることができる。(業務(プロ)用の機器は民生機器と比べて性能などは大差ないのに高価なのだが、これがその要因の一つなのである)

・日本で騒いでも無意味
この記事の一番の問題は日本の機器だけやれば済むような言い方をしていることにある。
実際に過去に暖房機器のうち韓国や中国からの輸入品で問題を起こしているのではないか。
普通に輸入された機器で問題をひきおこしており、しかも製造会社や輸入業者がとんずらしている例もあったのである。
日本の機器は過剰な対策を盛り込みコスト高になる。一方でそんなものを無視している国の製品が輸入され安価で販売される。
そんな状態になって何の意味があるのかまったく私には理解できない。

繰り返すが、このような問題は億分の1より低い確率で起こるような話なのである。
輸入機器だってちゃんと法律を守らせれば良いなどという安直なレベルの話ではないのである。
実際に日本の安全基準をきちんととらずになかば摘発の目をかいくぐって販売される事例さえあるのだ。実際問題として即座に事故に直結するわけでもないから当局も真剣には摘発しないだろう。
いや別に当局を責めるつもりはない。例えばごく地方の市のどこかで数百台だけ輸入して一ヶ月程度で売り切られでもしたらそんなのは追いきれるものではない。
しかし現実にはそういう機器でも発火事故は起き得るし、むしろ危ないといえる。
このような事例をどうすべきか、その議論のほうが重要ではないのだろうか。

つまり本気で論議したいのであれば全世界規模で考えるべきことだと思う。
グローバルな時代なんだし。

・・・・・実際に議論をはじめようとした段階で鼻で笑われると思いますけれどもね、こんなこと。

・家電製品は100%安全なのか
現実に家電製品なんてそんなレベルのものなのだからそもそも「家電製品は安全だ」なんて幻想を持つほうがそもそも危険でなかろうか。
実際にそんな幻想を持っているのは日本人程度ではないのかと思うのだが。
100V(欧州や中国は200Vを越えるが)を通している以上、使い方を間違えれば発火しても不思議ではない。
そもそもどんなものにも100%安全などというものはない。
もちろん安全策をとる必要はない、などという論議はない。
安全対策とそれにかかる費用対効果はかならず吟味して考察すべき事項である。
それは家電製品に限った話ではなく、すべてのモノにいえることであろう。

・トラッキング火災を覚えていますか。
ちょっと話が変わるがコンセントにほこりがたまって発火するトラッキングと呼ばれる火災事故がひとたび問題になったが、さて、この対策としてブレーカー等の給電装置に対策をとるべきだ、という論議は果たして起きたのだろうか。
ハイテクが進んだのだから発火する前に未然に大元で切れるようにすべきではないのか、と同じ観点に立つのならそういう結論も必要だと思うのだけれどもね。
結局は単純に「ちゃんとお掃除しましょうね」ではなかったか。

・ICタグは有用か?
ICタグやトレーサビリティに関しても同じである。こんなものをきちんと処理する、という前提にもってきているほうがおかしい。
しかもこのICタグ・トレーサビリティが今回のような件の安全性の確保の対策においてなんの役に立つのかまったく論じていない。
私には海外輸出や不正廃棄・投棄による環境破壊にもなんら役に立つとは考えられない。
ICタグとはよくいったもので、所詮はタグ、つまり「商品につけられた伝票」に過ぎないのであって、その伝票を利用しようという意思、書き込もうという意思がなければ何の役にも立たない。
自動的に情報が蓄積されるような魔法の仕掛けではないのである。
結局は「正直者が馬鹿をみる」だけである。

・使用期間の表示
使用期間の表示という考えには大きく賛成する。
メーカーが保証するのはここまでだ、というだけであって、持ち主が大事に使う、気をつけて使う分には別に使ってもらって構わないわけである。
食べ物などでも賞味期限が記載されている。
別に食べちゃいけないわけでもないが味や安全性の保証がされないだけのことである。
例えば万一発火しても周囲に燃え移らないような場所に置くとか、人がいないときにはつけっぱなしにしないとか、そんなもんである。
「使用期限が恣意的」とかいっているが、あまりに短い数値を書けば購入時に避けられるし、逆に長ければ保証のリスクが大きくなる。かならずどこかにバランス点が存在するのであろう。
常識的には10年あたりになるのだろう。修理部品の保持期間が7,8年に設定されていることや、通常の製品は10年程度で壊れるのなら妥当という通念があるのではと思うからだ。
例えば15年は平均的には持つようにつくり、保証は10年にもっていく。こういう姿勢が最も楽であるといえる。
自動車の車検も昔は10年が一つの目処でそれ以降は1年毎の車検となって厳しくなって通常は買い換えの目安とされた。

・メーカーと消費者の負担
そんな制度はメーカーにとっては望ましいだけで消費者の負担と切っているが、その責任回避が妥当であるかを評価しないで消費者負担を盾にする言い方は極めて一方的であるといわざるを得ない。
そもそも消費者にとっては負担自体はさほど変わらない。
一方、メーカーにとってはとんでもない負担となる。
社告、例えば新聞内広告は数千万円単位である。松下ははがきを全家庭に出したがそれだけで1億円を優に超えただろう。
表向きにははっきりいわないがそれはまわりまわって商品の価格に反映されざるをえない。
もちろんえらく遠回りでの話であるが、利益があればもっと価格を早期に下げられる可能性があったかもしれないし、より付加価値がついた商品となったのかもしれない。

・それこそ小手先の発想
まさに壊れ上手やICタグなどは小手先の発想に過ぎず、ごくわずかな効果しか現れないとしか思えない。
効果がないとはいわない。
しかしそんなことは指摘されるまでもなく、とっくに現状でも壊れ上手の発想で設計はされているわけだ。(ただしそれを評価するとされるのはそのこと自体が本質的に極めて困難であるのが問題なのである)
そもそも安全に関する検証、例えば壊れても発火を未然に防ぐなどの処置は経験の積み重ねによって行われている。
発火事故を起こした30年前とはそもそもレベルがまったく異なる。
品質管理の考えもずいぶんと進んでいる。

・ハイテクな仕掛けで事故を防げない
記事による「ハイテク」の代表はマイコンやロジックICなどを指しているのではないかと推察する。しかしこれは鼻で笑うレベルである。
ハイテクな仕掛けにおいてはなんらかのセンサーも必要になるわけだがセンサーが壊れて正常状態を維持したとの仮定も当然ありえる。つまり、異常検出できずに正常であると誤判定することも当然ながらある。
よってマイコンが電流を止めるとかいうのはナンセンスどころの話ではなく、前提条件にすらならない。
さらにいえば安全保証の検証レベルではそもそもそのマイコンさえも偶然が重なって最も悪い状態を周辺の機器に指示したまま壊れて状態が固定した、という前提でのテストを行っている。
つまりはマイコンなどまったく信用ならないというのが大前提になるわけだ。
では実際にはどうしているかといえば、電流を切るという点では部品をわざと焼損させて切ったりもっと積極的にはヒューズを使用したり復元を期待するのならバイメタルなどメカニカルに近い仕掛けで切断するようにするわけだ。
一方の発想としては電流を止めれなかったと仮定して、電流がながれっぱなしになって加熱が続いても発火しないというものにするわけである。
そもそも素材を難燃性にして部品が発熱して発火に至ったとしても筐体(外側)で押さえ込んでしまうということである。

つまりハイテクを駆使して安全に、などという論自体が素人論であるといわざるを得ない。
むしろ安全事故というのはローテクで防ぐことが肝要であって実は最も確実である。
ハイテクというのは事態をむしろ複雑化して予期しないことを引き起こす。
単純こそ、ものごとを根本的に解決する手段であるというのは現場の人間なら誰でも経験から学んでいることなのである。

結局このレベルでは「とりやすいところから税金を取ろう」という発想と大差がない。
わかりやすく叩きやすいところをたたいているだけの話である。
ICタグを持ち出すに至っては「あんたICタグの利権者?」と疑いたくなってしまう。
問題の本質はもっと別のところにあるのに、総量で見てもっと効果があげられる・あげるべき・対策すべきところがあるのに、そこを故意か思慮不足か知らないが看過してしまっているわけだ。

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2007/09/11

28度

むしろ秋口になったほうが冷房をきちんとかけなくなって暑くなることが多いように思う。
ところでクールビズがどうのこうので28度という基準があるようだがこれはそもそもが

建築基準法で執務室の設定温度が28度以下と定められている

から来ているらしい。

28度にしろ、ではなくて、この数値が28度なんでそれを目安にしたらどうでしょうか、という程度の言葉がいつのまにやら28度推奨という話に化けているのが実態のようだ。

ところが冷房は28度に温度設定をしろ、という通達さえでているのが実態ではないだろうか。

まず、単純にエアコン(空調設備)の温度設定を28度にしろ、とかやっている会社は間違っている。
空調の温度設定を28度にしたならば場所によっては29度や30度になってもおかしくない。
建築基準法で28度以下にせよ、としているのだから、つまるところこれでは法律違反を犯していることにすらなるわけだ
ここで注意することは、法律上は設定温度を28度以下としているのであって、(機械的に)温度設定を28度以下にしろ、と記述しているわけではない。なにか屁理屈に聞こえるかもしれないがそういうことである。

別の見方をすれば、法的にも28度では仕事にならない(職場衛生上問題があるとしている)のだからそれ以上にするなよ、というお墨付きがついているのである。

28度というのは上限の限界値である。こういうのは平均的な観点から決められているのが通常であって、さらに個人差があるわけで、28度ぴったりにされては仕事にならない(能率が著しく下がる)人がでてきても当然といえる。

限界値を目標値なのか目安値なのかにする了見というのもよくわからん(環境庁の役人らしいが)のだが。

こんな仕事場としての上限温度限界値ぎりぎりでやって効率が上がる道理などがない。
常識的にはそっから数度下げるのが常識的な判断といえる。
効率よい業務を、とか言っている割にはこんなことを平気でやっているわけである。

下げすぎで少し寒い人もいるだろうけれどもそれはちょっと長袖や厚めの服で容易に対処ができる。
ところが暑いのはどうしようもない。
頭寒足熱という言葉があるが、頭は冷えているぐらいがちょうどよいのであるだから。

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Rolly発表されましたが

記事

iPodキラーという話もあったがガセだったようだ。

動くギミックのついたBluetoothスピーカーで、ソリッドプレイヤーもおまけでついているって感じかな。
・手のひらサイズ
・卵形の本体の左右にステレオスピーカー
・1Gバイトのフラッシュメモリー
・バッテリー、Bluetooth機能
・音楽に合わせて自在に動き回る

これで4万円つうのは高すぎやしないか。
TOMYかBANDAIあたりがつくれば1万ちょいで作れる、つか、その程度の値段じゃないと買えないだろう。

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2007/09/07

新しいiTunesはW2k不可

・・・・と書いてからiTunesのバージョンアップをしようとした。

今回からWindows2000は対象外らしい

インストーラーレベルで弾かれる。
XP/Vista対応とはあってもまさか弾くとはおもわなかった。
WindowsMediaPlayerに頼るプレイヤーに比べてのアドバンテージをこの点で感じていたのだがこの点で魅力が落ちてしまった。
私はWindowsをバージョンアップするつもりはあと数年(Vistaが安定してソフト互換性が安定し、メモリがもう現在の半値程度におちるまで)はないのでiPod touchの話もなしだな。
iTunesの進化も当面停止になりそうだ。

まあ当面は使えなくなるわけでもないしこのままいくことにはするけど。

いちおうWindowsに依存しないプレイヤーを何か探すことにするか。
使い勝手はおちるが使えないよりはなんぼもましだから。

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iPod touch

つづけてiPod touchの記事を見た印象を。

iPhoneに比べると機能がかなり削られている。
Apple曰く、あくまでiPodのtouchバージョンであってiPhoneとは違うと。
残してある(?)機能はあくまで音楽(と映像)鑑賞のための機能である、という主張のようだ。

無線LANはiTMSにiPodから直接購入できるようにするためのもの。(ちなみにiTunesに接続するとそれとリンクしてそれにも登録されるとのこと)
Safariは例えば街角の無線ステーションに接続するためにはWebブラウザによる認証が必須になるため必要だった、とのこと。別にWebを閲覧してもらおうという目的ではない、といってしまうところが思い切りが良い。
さすればメーラーやGoogleMapが入っていないこととの一貫性がある。

そんなわけでその辺は許容するとしよう。

別の観点で考える。
するとDAAPにも対応してとりあえず家庭内のMusicServerに放り込んだ音楽も扱えると良いのだが、と思うわけだ。
私は寝床にiPodを置いて音楽やPodcastを聴きながら寝るのだが、16GのiPodでは不足だ。しかしMusicServerに放り込んだ音が聴けるのなら非常にありがたいのだ。

あと技術的にどう解決するかはおいといて無線LAN経由でiTunesとリンクできるとありがたい。
ケーブルに繋ぐのは結構面倒なんでね。
もしかしたらファームウェアのバージョンアップで対応でも凄く嬉しいな、とか期待してしまう。

欲しいか欲しくないか、といえば興味本位で欲しい、というレベルだろうか。
ただし16Gしかないのでメインにはならない。これは確実な話。

しかし、この操作感覚に慣れた時、自分の世界観がどのように変わるのだろうか、という点において非常に興味がある。これは体験しないと判らないのだ。
一時期ザウルスに夢中になっていたころ、おもわずノートPCやデスクトップの画面を指でタッチしたことが何度もある。(私はスタイラスを使わず指で操作している)
自分でも馬鹿馬鹿しいと思うのだが、面白いことに小脳的な行動としてこのようなことをしてしまうのだ。
先進的・革新的なUIに慣れ親しまないと次のステップには決して昇れないということもある。

まぁ、発売までにはまだ時間があるし購入するかどうかはもう少しゆっくりと考えることとしよう。

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iPhone

とりあえずさわる機会があったので簡単に印象などを。

密度が高いのか、持った感じはわりとずっしりとくる。
なんのなしに弄んでいると、ストラップ穴がないことに気がついた。
私はストラップをつけていてもよく電話機を落とす。
重量バランスを感じていると、おそらく落とすに違いない、という感覚である。
ちなみに落として実際に壊れたのは1度だけなのであるが、iPhoneはどうも一発で逝きそうだ。

触った感じはストレスは無い。よくできている。ソフトのつくりではさすがに細かいところまでよくチューニングされているし操作の一貫性や気持ちよさをちゃんと追求して実現していることには感心させられる。
ソフトというのは決して機能やスペックだけではないということを再認識させられる良い例といえよう。

従来の音楽プレイヤーの手詰まりを打破したiPodと同じく、従来の携帯電話の手詰まりを打破したiPhoneという図式はそのとおりだと思う。

前にだが「あなたは電話番号を覚えていますか?」という問いかけをする自体が既に旧式の考えであるのではないか、と書いた。
現実にiPhoneでは電話番号を打ち込むなどというのは2の次の手段としている。
電話帳から名前をぐりぐりっと探してぽんと押して電話をかける。それでよいのだ。

GooleMapのできも良い。十分に速い。
Safariのできもこれまた良い。
特筆すべきはこれのズーム(拡大)だ。拡大をするとまずビットマップレベルで一度拡大を行う。一呼吸おいてレンダリングエンジンで再度きちんと描画が行われる。
これはGoogleMapの作法といえばそのとおりなのだが、これによって全くストレスを感じさせない操作が可能である。もちろん描画中に再度拡大縮小操作などをしてもすぐに反応する。

これが日本で出るのはいつの日か、というはなしがあるが、私はあまり期待していない。
まず前提としてパケット定額であることが必須になる。キャリアがどう対応するか。
もうひとつ、日本語の文字入力をどうするかという問題がある。

個人的にはそんなに欲しいとも思わないのが正直なところ。
iPodとしてはiPod nano並ということでHDD内蔵レベルじゃないと常用できないというのが現実なのでその辺もあるわけで。

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2007/09/03

ちゃんとした音で

リンク: ロックもポップスも「ちゃんとした音」で “マニアお断り”オーディオイベント - ITmedia News.

いや、いい話です。
安かろう悪かろうがはびこり質がどんどん下がる。
オーディオも例外ではなく、というよりもむしろオーディオはその傾向がはやくから出ていた。

いいオーディオで持ち込みのCDやiPodで、ロックやポップスを聞く。
ハードロックやテクノ、ポップス、アニソン。いいじゃないですか。
いつも聞きなれている曲が実はどのような音なのか。
オーディオシステムによってどのように変わるものなのか。
それを知るだけでも非常に楽しいもんなんです。
オーディオに興味を持つというのは本来そこにあるはずなんです。
音を聞くことがなんぼのもんなんです。

スペックを語るばかりというのは的確な揶揄で、問題なのは音がどうであるのか、その音の傾向が自分にとって好きなのかどうなのか。
それには奏でる音を聴くしかありません。
スペックをみていたってなにもわかりませんから。

細かいことはいいからまずは聴いてみようよ。
こういう音、どうよ。

オーディオメーカーからの支援が少ないのも仕方ないのかな。
どこも苦しいからね。あせらないでこつこつと続けていって欲しいと思う。

家電量販店や他のオーディオショップも黒江さんのような発想を持ってやって欲しいと思う。
たいていのオーディオショップは確かにクラッシックやジャズのような「いい音」のCDでも持っていかないと眉をひそめられそうだよな。それは私も感じる。
どうせ閑古鳥がないているんだし、ロックを再生したって減るもんじゃないしどんどんやろうよ、って思うんだけどね。

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