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2007.03.03

研究会の方向自体おかしくないか~「第1回:なぜ“異例づくめの研究会”は開催されたのか」

第1回:なぜ“異例づくめの研究会”は開催されたのか

この手の話題は何度かでてきているが久しぶりに思うところを書いてみたいと思う。
最初に行っておくと、この記事に対してはかなり否定的な印象をもった。

国内ではすでに当たり前となった携帯電話によるメール送受信やサイト閲覧ができる「ケータイ文化」は、世界の追従を許さないところまで発展している。しかし、今のところ海外ではそうした習慣を受け入れられる通信インフラは十分に整備されておらず、ケータイ文化の形成を下支えしてきた日本の携帯電話関連ビジネスは、世界市場から孤立してしまった。

つまり、最先端を走ってしまったがゆえに、孤立したということ。
世界の低いレベルに合わせておけばよかったのに、という事なのだろうか。
技術は常に高みを望み、インフラを整備し、どこでもつながるユビキタス、を是とするのなら一体何が悪いというのだろうか。全く理解できない。
勿論、スローライフが良い、レベルはそこそこであればいい、それを是とするのなら話は別だがそうではないだろう。

技術的にいって高品位のものに作りなれてしまうと低品位の安いものはなかなか作る事ができないものである。
選ぶ部品ひとつとっても違うし、ソフトの作り方だって違ってくる。
高品位であるとソフトも作りやすい。高機能を要求されるがゆえにハードの制約はなるべくとりはずし、ソフトを作りやすく設計する。開発期間も短縮されていくぶん楽になる。
一方、安物の場合はハードの制約があってもソフトが少々作りづらくても構わないから、安いハードウェアで構成する。多少の不具合など品位の低下には目を瞑る。場合によっては仕様そのものを変更する。
実際に、その昔サムソンが作った携帯にはどうみても不具合としか思えない事象があった。それを仕様である、と言い切ったものがある。私はそれを非難するつもりは無い。おそらくサムソンが闘ってきたグローバル市場ではそれは通用する台詞なのだと思っている。もちろん日本では許されない。
これはほんの目立った例のひとつに過ぎず、細かいことをあげれば色々でてきているのではと思っている。
日本市場において、サムソンやモトローラの機種が人気が無いのは本当に日本市場が閉鎖的だからなのだろうか。

そもそもグローバル市場、グローバルスタンダードが果たして本当にいいことなのだろうか。
それをいまいちど考えるべきである。

別の見方をしてみよう。
もしも海外での市場を取るべきである、それを是であるとすれば、そもそも現在のキャリア・メーカーのキャリア部隊に依存すべきではない。彼らを叩いたところで何も生まれない。
国内キャリアの人間に対して、海外での競争力などと言ってみても意味が無いのではないか。
この記事にもあるようにビジネスモデルや品質レベル、つまり考え方が全く違う。

つまり違う製品なのだ、という認識をそもそも持つべきではないのだろうか。
大抵の家電製品では同じような製品を作っていても国内と海外で事業部レベルでさえ異なる場合も多いようだ。
また国内携帯事業でもDocomoとAUとSBMではっきりとセクションが異なるところがほとんどのようでそれもある意味、当然ともいえる。
モデル、考え方が異なるのだから共通にはなかなかならない。
つまり、現行の人間達を使い、現行の発想の延長上で事業を立ち上げ、海外に出ようとした自体が間違ってはいなかったのだろうか。
実際にそのことを指摘もしているのにその後の考察の方向がおかしくなっている。

私の考えでは国内事業をしている彼らを叩いたところで何にもなならない。
幸いにして日本の多くの(携帯を作るような)大企業では米国や欧州、中国でも日本の会社の製品は作られかなりのシェアを占めている製品も多い。
日本のものづくりそのものは世界的に通用しているし、決して負けるようなものではないのだ。
しかし海外と国内ではやはり考え方、資材調達、部品選定、加工や組み立てなどの発想や枠組みからして異なる。
国内でずっとやってきた人間をいきなり海外事業に放り出しても上記のような違いに戸惑い、力を出す前に折れてしまうのは明白である。
それならば既に海外事業に精通した部門(テレビでもビデオでもそういう部門はそこそこ大きい会社なら持っている)が中心となって事業を立ち上げ、企画から開発、生産立ち上げまでを動かし、その上で海外に向かえばいい。政府が関与するのなら、国内事業者を叩く前に、そういうように仕向けるべきではないのだろうか。

つまり海外でも闘う携帯づくりを本当にするのなら、総務省の出番ではなく、経済産業省の管轄である。
場合によっては外務省かもしれない。中国は特に経済と外交が渾然一体となっているがゆえに本来なら強い外交力が必要である。中国が無理難題や道理に合わないことをふっかけてきたりすれば場合によっては外交力をもってしてフォローすべきである。(もっとも外務省は対中国にはへたれであるという論もあるがとりあえずそれは置いておく)
総務省は国内の電波をとりしきるという旧郵政省の役割から来ており、省庁大合併の中で郵政省を総務省が吸収したゆえに現在の形になっているだけである。

この記事に戻ってみると、海外での失敗を盾にしてバッシングをしているようにしか見えないのは気のせいだろうか。
どうにも根本的なところから本質を外しているのか、それはわざとなのかわからないが、正直いって視野が狭かったり考え方が違っているのは総務省のほうではないのか、としか思えない。

なお、SIMの問題や報奨金制度などについては再考の余地は十分にあると思うし論議は尽くすべきだと思う。
しかしそれと海外への進出の失敗は決して短絡的に結びつけるものではないと考える。

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受信: 2007.03.04 01:11

コメント

読ませて頂きました。率直な感想は、幕末の幕府の方々はこんな思考で最後を迎えたのかなと。

世界に通用する処か、世界をリードする技術を持ち製品を提供しているのは、大企業だけではありません。
貴方がチッポケな町工場と思ってしまう処が、実は世界一だったりします。(自分の居住地にもあります)

日本で通用する商品は、世界に通用します。
わざわざ世界用として作っていません。(その昔はありましたが、世界用の方が品質等も国内用よりも上です)

今回の研究会は、製品製造に関する事は一切関係なく、システムと経営に関して色々と話されているのでは。

最近の大企業と呼ばれている所を見ると、以前の経営戦略と比較してとても、弱いですね。
全文で書きましたが、世界に通用する製品を提供している企業は、中小零細企業で取引先は、名立たる世界企業や有名政府機関等。
自身の技術に誇りと謙虚を持ち、一本の筋を貫いて活動しています。
閉鎖鎖国では、自身の成長もありませんね。

投稿 ウッチー | 2007.03.04 04:24

製造業の方でしょうか?ソフトウェアやサービスという点で日本がどういう状況にあるかを調べられてはいかがでしょうか?
若い人たちはソニーなどの高性能ハードウェアだけを得意とする企業に未来はないと思っていますよ。

投稿 通りすがり | 2007.03.04 20:19

携帯電話機の部品にかかわっていたものです。海外の電話機の中身を見ていますが、使用している部品からみれば、国産との差は、ほとんどありません。コストの大部分は、ソフトウエアとそれに関わる部品ではないかと思います。ソフトウエアは、使用する国の文化を反映していると思います。iモードをそのまま海外にもっていってもほとんど成功していないですし。
海外のGSM電話機と競争力をもたせるためには、その国向けに簡略化すれば、容易ですが、文化までをつくりこむには、国内では無理とおもいます。海外へ進出して作る日本メーカーのリスクの取り方に腰が引けているのではないでしょうか。短期の利益をみた経営が行われている限り、日本メーカーは、だめでしょう。

投稿 もと業界関係者 | 2007.03.04 21:16

中小が世界に通用しないなんて思ってもないですけれども。なんでそういう話になるんでしょうか。

ま、それはさておき。
日本は日本で海外にあわせる必要もなく最先端の実験サイトでよいと思いますけれどもね。国民も別に嫌に思っているわけでもないし。嫌なら一億人そこそこしかいない国で一億台なんかいきませんから。
ただ、海外は海外で腰を据えてやるべきだってことです。
失敗したから鎖国しちゃえ、国内で十分じゃないかなんて全く思っていませんよ。
短期間でだめだったから撤退してきたのは私も短期的判断に過ぎないか、と思います。
確かに大企業トップのその経営判断には疑問をもちます。
そんなに簡単に(彼らにとってみれば)外国の新参メーカーの作ったものが簡単にシェアを取れるわけがないじゃないですか。
しかし、なんでその失敗がDocomoやKDDIやSBMのやり方、閉鎖性と結びつくのか理解が出来ないんです。
外圧を利用して国内の誰かをバッシングするのと構造が似ているとしか思えないんですよ。

むしろソフト的なところが重要だから海外部門に任せるべきだ、っていうことなんですよ。国外をずっとやっている人なら当然、その国の文化を理解しています。現地法人や取引先とのパイプも強いです。現地の技術スタッフがいる場合もあります。
携帯電話についての知識そのものよりそっちのほうが必要でしょう。
専門知識だけながら技術者をつければいいだけの話ですから。
そこには日本の携帯ビジネスモデルがどうとか関係ないです。海外は海外ですから。

投稿 える | 2007.03.07 01:31

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