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2005/10/30

CPRMって一体。。。

デジタルハイビジョンで録画しているとたまには保存しておきたいものもでてくるものだ。
基本的にはHDD録画だけで消してしまえばいいかな、と思ってもね。

で、電気屋さんに行ってディスクを買ってくることにした。どうやらCPRM対応のDVD-Rがいるらしいので。
まぁ、DVD-RWでもいいわけだが高価なRWを使う必要もないし、DVDプレイヤーとの互換性を考えたらやっぱりRだし。

店で探す・・・あれ?みつからないよ。。。

しばらく探す・・・・仕方ないので端から丹念に一個づつ確認していく・・・え?これ?

そう。値段で見当をつけて探していたので目に入らなかったのだ。

ちなみに現在のDVD-Rは高くても10枚で1280円で、特価で千円を切る感覚。
DVD-RWとRAMがその2倍程度で、まぁDLは一枚で1280円とかそんな感じ。

で、目的のCPRM対応DVD-Rはなんと5枚で1380円だったのだ。
RAM・RWなどといっしょに隣の棚に並んでいたせいもあってDVD-Rとは思ってもみなかったのだ。

ちょっと高い程度に思っていた(まぁ、1割増ぐらいは仕方ないか)と思っていた私は茫然。
というか、DVD-RW(CPRM対応)よりも高いではないか!(こちらは5枚で1280円)

いや、高い安いの問題ではない。

百歩譲ってコピーガードやらマネージメントするのはいいとしよう。不便だが甘受しようか。
しかしそのコストを消費者に転嫁するとは何事だ!

DLのような付加価値が大きく、技術的にも製造上も難易度の高いと予想できるディスクが高価なのは理解できる。 必要なら納得して買うし、嫌ならば通常のディスクを使えばよいだけのこと。
しかしCPRM対応なぞ消費者は全くメリットがない(というかデメリットしかない)。 なのにディスクに落とすのに通常の2倍以上のコストを負担しろというのか。そこには逃げ道がない(保存することを諦める以外にない)。 誰が納得できるというのか。

呆れた。映像メディアのデジタル化というのはこんなところにもデメリットがあるのか。
デジタル化なぞ、とんだ食わせ物である。

もう一つつけくわえておく。
これがコピーワンス、一回だけでなく、複数回が許され、レコーダーに戻せるのであればまだ良い。
高額な今はとりあえずRWに置いておき、CPRMのRが十分に安くなったと思える頃に戻してRに焼けばまだ納得がいくからだ (RWは再利用すればよい)。しかしそれも適わない。
諸所で雁字搦めにしている結果、私でさえも嫌気がさしてきている。

今回、メディアの価格というものに直面をしてあらためて思った。
まぁ、そのうち大差ないほどに下がってくるだろう。
それまではなるべくアナログで録画するようにしよう。まだ6年は猶予があるのだから。

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2005/10/19

次世代光ディスクに関してWintelが物言い

 本田雅一の週刊モバイル通信

 ゲイツ氏 「BDの問題は、反消費者的な著作権保護技術」

  「コピー機能保証すればBlu-rayにもチャンス」とIntel

と、とりあえず関連記事はこのあたりか。これらを踏まえて話を展開してみる。

まず、BDの支持会社は主にSONY,シャープ、松下が挙げられる。
既にレコーダーを商品化していることもあり主導メーカーといえる。
HD-DVDは東芝、日立、日電というところであろうか。

家電業界という観点、特にAV稼ぎ頭のTVとレコーダーで見れば、
・松下はTVではプラズマ主導で液晶もあわせて出しており健闘している。 レコーダーもDIGAブランドでラインアップを完璧なまでに揃える戦略も手伝ってトップシェアを握っているようだ。 レコーダーの低価格化や認知の広がりにより、マニアから一般人に購入層が移行したということもある。マニア受けはしないものの、 一般人受けする機器を作る力量はずば抜けているといえる。
・シャープは液晶TVにおいてひところの勢いは落としたもののAQUOSブランドで依然として圧倒的なトップ、 レコーダーは苦戦していたがTVに引っ張られるように着実に売上を伸ばしているようだ('3'はかなり良くなっているのも事実)
・SONYはBDの提唱者である。やや苦戦しているもののTVはWEGA,DVDハイブリッドレコーダーのスゴ録が健闘している様子。 Playstation2はいうまでもなく圧倒的でありPlaystation3も大きな期待を受けている。 そのPlaystation3はBD搭載は規定路線のため極めて強力な武器である。
ここで思い出すべきは、DVDの普及はPCではなくPlaystation2によって爆発的な普及をみせたという事。
Playstation2により高止まりしてたDVDプレイヤーが一気に値下げを迫られたこともある。
量が出れば安くなる、安くなれば量が出る、の良スパイラルがPS2で一気に加速したとも言える。
このことは映画業界などのコンテンツホルダーも十分に認識していると思われる。

いわばそれぞれで市場を引っ張る三強がBDを支持しているという結果・現実がある。

HD-DVDの筆頭である東芝はひところはRDシリーズで圧倒的な支持を受けていたものの、現在は迷走してしまっているようにみえる。 さらにマイクロソフトと提携の発表で、さらにその意を強めてしまっている。
日立も商品単体でみれば悪くはないものの市場を引っ張る力はない。日電は事実上、AV家電では見る影がない。
これらは技術的問題というよりイメージ、市場への受けという問題なのかもしれない。

統合はかなわず、決裂、となれば両者で技術的に大差がなければそれを支持する家電メーカーの力をみるだろう。
当然ながら、プレイヤーの普及がコンテンツの売上に大きく連動するからだ。
一般DVDプレーヤー、ハイブリッドレコーダーのシェアは大きな参考になるだろう。
その結果が多くのコンテンツホルダーのBD支持をはじめ、ワーナー株主の意向による、BD支持要請につながっているのだろうと思われる。

とすれば、本田氏の記事にあるようにこのに来てのMSとIntelのDVD-HD支持、BD否定はなんなのだろうか。

両者の家電業界へのけん制なのかもしれない、と思ったりもする。

PC業界は最近のデジタル家電の普及によりPCの領域が侵されるという懸念を抱いているのではないか。最終的にはPC(Wintel) が家庭から追い出されてしまうかもしれないという。

ちょっと昔まではPCのAV機能の進化・充実により、PCがAV(リビングともいわれるが)を支配・統合する、といわれていたが、 その予想(予定?)に反して実際にはそれは遅々として進んでいないのが現実である。
むしろAV機器がPCに近くなり、ハイテク家電と呼ばれ、高度化し、むしろPC不要という形にさえなっている。
例えばDIGAの一部機種ではSDメモリカードに番組をダビングし携帯電話や携帯プレイヤーで見れる機能を持つ。 AQUOSの一部機種でも同様のことが可能だ。
またデジタルカメラの映像表示やDVDへの保存もDIGAでは可能になっている。
本来PCを使うべき、使わないとできなかった領域がむしろAV機器に食われているのだ。

IntelはまだAV機器用でもCPUやFlashメモリの供給で需要があるとはいえるが、稼ぎ頭(圧倒的高利益率を誇る) Pentiumチップやチップセットはまず使ってもらえないだろう。 当然だが他の半導体メーカーと同列に比べられ厳しい価格競争の中に並べられる。これが面白いわけがない。

MicrosoftにいたってはWindowsの家電への進出を謳いWindowsCEやらを提唱しているもののほとんど受け入れられていないのが現状である。
独自OSやiTRON、Linux/FreeBSDベースであることが殆どであり、その傾向はますます強くなるように思われる。 つまり事務用途以外では自分達は要らないといわれているも同然なのである。
東芝がMicrosoftとDVDプレイヤーで協業を打ち出したのが大きく取り上げられたのはそのあたりの稀有であるという背景もある。
WindowsMCEが思ったように振るわないし、XBOXも不振。これらもあせりにつながっていると思われる。


コンテンツ保護機能云々をいうがそれは家電の観点からすればある意味どうでもいい話である。
元々、現在の映画等のDVDディスクはPCにコピーできないし、一般人はディスクをプレイヤーにセットして見るのが普通だと思っている。 次世代でもそれより不便にならなければ別にどうってことはない。
HDDにいれてサーバー云々というが、そのコストはまだまだ高い。HDDが安くなったとはいえ、 仮に250Gで1万としてもHD-DVDの50Gをダビングしたら一枚で2000円分の領域を取るのだ。しかもたった5枚しか入らない。
無論、これからHDDはさらに安くなるし容量もでかくなるだろうが、仮にあと何年かして1/10になっても200円である。 最近は値段低下が鈍ってきており現在の記録方式の限界説もちらほら出始めている。
はたして現実的にHDDへの格納、サーバーが意味があるのか、少々疑問である。
(無論その方が色々と楽だろうし気持ちは良い。それは手持ちのCDが全部入るiTunes/iPodで実証済みだ。 しかし手持ちのDVDディスクが全部HDDに入るのか。それは無理だろう。とするとそれへの意欲は半減どころか激減である。 それならば映画ごとにディスクを入れたほうが良い。5枚程度のチェンジャーぐらいは直に出てくるだろう)
もし誤差に感じられるほど安くなるころには、彼ら自らが言うようにネットワーク配信でHDDに格納、 つまり次世代メディアそのものが無用になっているわけだから論じる意味がない。
消費者利益云々を声高に言うが、冷静に考えるとあまり魅力を感じないのはそのあたりもある。

そんなことは解っていて、無視してまで、Intel,MSはDVD-HDが良いと主張しているのかもしれない。
自分らの支持により、もしBDではなくDVD-HDが主流となれば、それは家電業界の3強より自分達の意見が主流である実証となり、 家電業界の勢いを削ぐことができるのではないか。
ますます強くなっているAV家電の勢いを弱めることにつながるのではないか。
本来の(と彼らの思っている)PCによるリビングの支配というものへの実現、家電業界の支持するBDではいけない、 それにはDVD-HDでなければならない、それが本来の想いなのかもしれない。
記事で指摘のあるようにMicrosoftは対PS3に対して非常に有利に次世代XBOXを展開することができるという点も非常に大きいだろう。

この一連の話はBDとDVD-HDの闘いというよりは、AV家電vsPC(Wintel)の代理戦争なのかもしれない。
(となると東芝他は蚊帳の外なわけで憐れともいえてしまうのだが。。)

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2005/10/15

仮にも法制委員会で空論を弄して欲しくはないのだが。。

  法制小委#8 ──予定にないパブコメ中間発表があってもなくても議論は絶賛紛糾中

ここのブログはいつもうなずきながら読ませていただいているが、
今回も読んでいて最後に引用されている芸団協のコメントを読んで正直呆れた。

芸団協のコメントはこの件に限らず頓珍漢なものが多いのだが、今回もメーカー側のせいにするとは恐れ入る。
メーカー側では既にPCではコピーできない、 コピー管理ができるSACDやDVD-Audioといった規格提示して機器をとっくに発売している。
簡単なことだ。CDが嫌ならばいずれかでコンテンツを発売すればいいのだ。
その選択肢は既にコンテンツホルダー側に預けられているのだよ。
メーカーがCD機器を売っているのではなく、コンテンツがCDばかりだからCD再生機しか売れないだけの話。
売れるものを売る、売れないものは売れない。メーカーなんてその程度の力しかないのですよ。
メーカー努力で最近は機器もかなり安くなってきている。しかし売れる数からすれば今が精一杯だと思う。
それはCD黎明期での価格から見ればむしろ安いぐらい。
逆にいえば現在のCDと流通量が逆転でもすれば十分すぎるほど安くなることは間違いない。
機器が高いからとかいう理由はない。
機器の数が少ないという理由はおかしい。コンテンツが少ないから比例して少ないだけの話。

状況はすでにコンテンツホルダー側の決断次第。
既に今、決断しても遅いぐらいなのですよ。
メーカーからしてみれば、もうしびれをきらしているどころか、待ちくたびれてどうでもいいや、という感覚になっていると思うよ。

ま、そんなこともあり 日米欧の家電業界、 『iPod』などへの課金反対で共闘 ってことなんでしょうね。

PCで扱えてコピーされるという損失とかいうが、いまどき、 PCで扱えないでユーザーに不自由を感じさせ音楽に触れる機会を減らすことで音楽自体に対する意欲を減退させることによる損失には心が及ばないのか。
まぁ、 おそらくPCで扱えることによるメリットというものや使ったこともない機器への想像さえも働かないでものをいっているのだろうから仕方ないか。

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私自身はさほど音楽に対する執着心はない。レコード時代は、まぁ、学生以下だったせいもあるが全くコンテンツを買えなかった。 ラジオからエアチェックをして汚い音で楽しんでいた程度だ。
CDが普及し、就職し、パソコンのCDドライブが手に入るようになってからより多く買うようになった。

パソコンのネット経由で音楽に触れる機会が増えたのも大きく作用している。
現在ではほぼ壊滅させられているMIDIによる音楽。
まだパソコンもネットもさほど普及していなかった時代、まだ寛容というかあまり厳しくはなかった時代。
SC55mk2やSC-88VLを購入し、ネットで入手できた音楽で色々な経験をすることができたと思う。
そういえば最初にYMOを知ったのはMIDIによる模倣作品だった。

MIDI曲を発表する人たちは、多くは耳コピーで作る人もいるが、やがて飽き足らずにオリジナルを同時に発表する人も多かったと思う。
私もそうだが、誰かわからない人のオリジナルをいきなり聴きたくて求める人はあまりいないと思う。
いくつかのコピー曲を聴いて、その人の素質を知り、オリジナルも聴いてみるようになる。
これが本来の音楽の姿だとそのとき感じた。
ネットという場所はこういう使い方もできるんだと感じた。

ちなみに耳コピーでPCや限られたMIDI音源という極めて限定された条件で曲を再現することはそれなりの才覚を要する。 例えばストリング系(ヴァイオリン等)は満足な音は出ないといってよい。
同時に出せる音の数も少ないためパートを切ることも少なくない。携帯でいう着メロみたいなものだ。
主旋律と必要な音を見極め丹念に大胆に音を置いていく。 時には豊かな音を出すために音の数を複数使って一つの音とすることも必要でそのバランス感覚はかなりセンスを要求する。

ま、それはさておき。

耳コピーでも金を払わず配ることは”違法行為”とみなすのだろう。
法律ではそうなのかもしれない。権利としてそれは主張できるのかもしれない。
でもそれでよかったのか。法律自体なにか間違っていないのか、運用や適用に問題はなかったのか。

私自身もそれらに啓発され音楽作成ソフトにも手を出し簡単ながら音色をつくること、音楽をつくることを感じたと思う。 実際には作品などは作れるに至らなかったが、つくる楽しさは感じることができた。その難しさも同時に。 だからこそ音楽を作れる人には自然と敬意を払える。

そういう子供達を増やし、そういう子供が大人になっていき、社会を形成させていく。
業界の代表者を主張する人たちが、自分達の主張ばかりして全体をみれないようではだめなのは明白なのにね。

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CDを買う機会が増えたきっかけを思い出してみると、やはり音楽に触れる機会が増えることが一番。
最初は自動車を購入してカーオーディオで音楽を聴けるようになったこと。家だけで聴くのと違った新鮮味がある。 ドライブと音楽のマッチングはなんとも心地よい。
2番目はパソコンでCDを扱えるようになったこと。 MP3で圧縮してHDDにたくさん蓄えてジュークボックス感覚でBGMで聴くようになったこと。
そして最近のiPodを買ったこと。手持ちのアルバムをすべて放り込める魅力は何モノにも変えがたい。
私は電車の旅が好きだが、今度は車窓との組み合わせで聴く音楽も楽しみに加わった。
マイカーでもiPodかiPodShuffleで楽しんでいる。

実は他には携帯CDプレイヤーや携帯MDプレイヤーの購入もしたのだが、それはきっかけにはならなかった。
両方ともデメリットが大きいのである。CDは入れ替えが煩雑だしCDを持ち歩くリスクが大きい。
既に廃盤になっているものも多々あるしCD-RにコピーするのもPCがあっても面倒くさい。
MDはダビングが面倒すぎて時間がかかりすぎるし野暮ったい。メディアも高いのでメディアを買いつづけるのが何かあほらしい。 場所も結構取る。値段は今は流石に安いが今更感しかない。

CDがこれほど融通が利く音源であって、音楽を聴く楽しみを広げてくれていることに感謝以外にはない。
それは多くの人が感じていることではないのか。
過去三年で、CCCDを支持した会社が軒並み25%の売上低下をしてしまい、一方でCDを主流とした会社が数%の低下で済んでいること (現在の不景気を考えればこの程度で済んでいれば御の字であろう)を考えればいかにコピーのできない、 CDではない流通メディアに対して消費者から拒否がなされているか、そんなものはこのような明確な数字として出ているのではないのか。
コピーさせないメリット・デメリットと、許すメリット・デメリットがみえてはこないのか。

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2005/10/11

読売新聞社説から

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20051009ig91.htm
読売新聞の社説だが題材として面白いので例にあげてみる。

ちょっと改竄してみる。原文と見比べていただきたい。
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 世の中には、犯罪を誘発するような情報があふれている。規制策を早急に設ける必要がある。

 例えば、東京の女性消防職員が、とあるチラシで知った男にメールで不倫相手の妻の殺害を依頼し、その男が逮捕される、 という事件があった。

 チラシには「殺人問題」や「復讐(ふくしゅう)問題」といった項目を並べて相談を募り、殺人を実行するつもりがないのに、 調査費名目などで165万円をだまし取った。仲間の男も別に300万円を詐取していたが、いずれも常軌を逸した行動だ。

 4月には、名古屋市で、渋谷の街で知り合い、1000万円の報酬で殺害を依頼された男が、相手を刺殺する事件も起きている。

 6月には、山口県の高校で、男子生徒が教室に爆発物を投げ込む事件があったが、この生徒は、 図書館にある化学の専門書で爆発物の製造法を覚えていた。質屋に盗品をうりさばくなど、少年事件も目立っている。
----------------------------------
・・・とまぁ、ネットでなくても似たようなことはおきえるわけで。
何でことさらネットのせいにしたがるのか。

以下、引用を行ないつつ話を膨らませていってみる。

>>ネット空間では、顔も見られず声も聞かれない。そんな匿名性から、大それた犯行が抵抗感なく行われる。 爆弾の製造法にも容易に接することができ、犯罪者を増やす結果ともなっている。
この認識が間違っている。匿名性の使い方がおかしい。
単に通常は匿名になっているだけだ。それが匿名であると勘違いして認識されているだけだ。
ネット上での匿名性は実はない。例えれば電話の非通知通話ぐらいの匿名性しかない。
ネット喫茶云々に気づく人もいるかもしれないが、それは公衆電話程度の匿名性である。
通常はプライバシー保護のもと、調査ができないだけのこと。
しかし犯罪摘発ともなれば、警察が動き、プロバイダとネット事業者がデータをだせば確実に足がつく。 掲示板管理者の協力があれば迅速にかたがつく。串といわれるproxy serverを通せば大丈夫とか云う誤った認識をしている人も非常に多いようだが、情報としてそのサーバーの接続データが加わるだけである。 たいした話ではない。
ましてやサイトの管理人などはいとも簡単に身元が割れる。匿名サーバーであっても大差はない。

>> 現行法では、女性消防職員の事件のように、サイト管理者は自ら違法行為をしなければ、 どんな情報が発信されていても刑事責任を問われない。しかし、犯罪に加担していたも同然だろう 
現行法でそうであれば少々現行法の適用が甘いのではないか、これは「犯罪の幇助」に相当はしないのか?
確かにその辺の論議は必要だと思われる。
犯罪に使われるのを知っていて集会場所などを提供したり武器になるようなものを販売したらば幇助になるはず。
サイト管理者は「場所の提供を行っている」以上はそれに順ずると思われる。

>> 総務省、警察庁と通信事業団体は、集団自殺を呼び掛けた人物の情報が、 プロバイダーやサイト管理者から警察に提供される仕組みを設け、今月から運用を始めた。通信の秘密の原則はあっても、 人命を保護する緊急避難措置として、情報開示が許容されると判断した。
例えば、どこかの団体が集団自殺を呼びかけて実行した場合はどのような処罰になるのか。
確かアメリカではどこぞの新興宗教団体がやろうとしていたが。
呼びかけた人物が犯罪を問われるのであれば当然情報開示が優先されると考えるべきだが。。

>> 関係省庁の「IT安心会議」でも、広く有害な情報を規制するための検討を始めている。 何が有害かの範囲など一定の基準を決め、サイト管理者に自主的に削除してもらう案も出ているが、これでは効果はあまり期待できない。
有害というのはいつもその線引きが困難である。
多くの場合、相互でその認識に大きな隔たりを持つ。
例をあげればお隣の韓国では「日本の文化情報は有害である」として断罪されていた(いる?)ほどだ。
多くの宗教紛争では自分の宗教が善であり、相手の宗教が有害なのである。
有害とかいう線引きで引くべきではない、それが犯罪(違法)行為であるか、その一点であろう。

>> 警察も監視を強め、違法性があるものは、サイト管理者を含め厳正に対処していく必要がある。 ネット社会は今後も進んでいくだろうが、犯罪の温床化が進むような事態は防がねばならない。
違法行為であれば自主的ではなく、これは勧告であろう。効果がある、なしとかいうレベルではない。
範囲を決めるべきは有害かどうか、ではなく違法行為か否か、であろう。
違法性が高いか否か、という微妙なラインであるのならば軽犯罪のような罰金程度の定義でも良い。
そもそも疑わしきは罰せず、が、基本姿勢だったはずだ。
それをネットであるからといって疑わしきは罰する、では整合性が取れない。
爆弾の作り方を例にあげれば、化学の本に書いてあるような内容をネットで記載したとして、ネットでは罰をかける一方で、 専門書店で同様の内容が普通に手に入るのでは整合が取れていない。、
簡単に手に入るから罪が深い、という理屈はおかしくはないか。
そもそもネットだからといって特別視することはおかしい。自主規制等で圧力をかけるようなやりかたはおかしい。
不明確で不文律のようなやりかたは社会のひずみ・暗黒国家への一歩となる。
通常の現行法の適用を機軸として考えるべきだし、それが不足であればそもそもの犯罪と処罰について考え直すべき時期ではないかと感じる。
確かにサイバーテロなどのネットワーク特有の犯罪行為に対しては新法をもって対処しなければならないのは当然である。
しかし、そもそもが通常でもおきえることが若干形をかえただけの、 このような事例に関してことさらネットという言葉を持ち出すことに非常に違和感を感じる。

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2005/10/08

国会をぼーっとみていて

昨日は体調を崩していてTVをぼーっとみていたんだが、
いわゆる小泉チルドレンの質問・答弁のひどさは前代未聞という感じですな。
あんまり十把一絡に言いたくはないがそういうしかない。

それにしてももう少し自分で原稿を何度か朗読してみてから国会の場で言葉にして欲しいものです。
国語の時間の子供達のほうがよっぽどましですよ。
あきらかにテクニカルタームが自分の言葉になっていなくて失笑してしまいます。
まぁ、ほぼ確実にあれは自分の言っている言葉を理解していないですよ。
こんな議員を選んでしまった人たちはその現実を直視していただきたいものだと。

新人だから許されるわけではなく、新人だからこそ、言葉の発し方や表現の使い方を真摯に勉強し、 それを国会の場で表現して欲しいものです。
良くも悪くも、政治家は役者の一面を持ち、自分を主張し、言葉で相手をねじ伏せる職業です。
初々しさが隠せないのは仕方ないにしろ、真剣味や努力が伝わってこないのは明らかに政治家以前に社会人として失格です。(無論、指導者、 ひいては自民党幹部達にも問題があります。)

まぁ、どんな失言をしようが、もめようが、 単純にいくらでも採決できちまうから適当で良いから経験を踏ませてやろうという親心なんでしょうけれども。

失言といえばだれぞが、「消費税をあげられても株でも買って儲ければよいだろう」なんていう言葉を吐いたようで。
株の運用を生業にしている人たちに失礼なことはなはだしいですな。そもそも株の売り買いはかなり難易度の高い仕事なんですぞ。 適当に買って持っていれば儲かるわけがない。
それとも議員の方々は献金代わりに株を只でもらっていてボケているんでしょうかね。
これは別の言い方をすれば「消費税をあげられてももっと仕事をして稼げばいいだろ」っていうことなんですわな。
つまりは「お国のためにもっと働け」と。

どの口で「小さい政府」などといってるんでしょうか。税金をどんどん下げて政府の役割を減らしていく。それが小さい政府でしょう。
政府のやることは小さくするけど税金はどんどん取る。そういう姿勢を心ならずも顕著に表している発言といえるでしょうな。

あと郵政法案確定の後のビジョンなんですが、 私にはもしかしたら地方銀行や労金等への救いになるかもしれないとも思ったりもしていました。
そもそも郵便局というものは国家が運営しているからこその安心感でしょう。
つぶれることはないし、採算度外視であちこちに支店がある。
もっとも採算度外視ともいえる支店があるからこその郵便局への信頼で集金できているとも考えられるのではありますが。
ともあれ、その前提が消えるわけです。
元々、どこも地方銀行というものは経営が不安定なわけです。埼玉銀行の合併劇や、 足利銀行の取り付け騒ぎなどはまだ記憶に新しいかと思います。両行とも決して規模は小さくないのですよ。
それに不安を感じて郵便局に行っている人は多いかと思います。
郵便局が衰退する分、地方の金は地方銀行に流れる、そういうのもあるのかもしれません。
もっともそれ以前に人間が地方から都市に流れてしまうかもしれませんが。

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