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2005/09/30

「のまネコ」問題に関して

http://ecweb1.avexnet.or.jp/sa4web/050930info.htm

Avexからの発表なんだが、まず読むと「なんとなく会社の人が書いたような文章でないよなー」っという感じがする。
企業の出す声明やこういう発表文章というのは締りがあるのだがどうもこれにはない。

まぁ、それはともかくとして結局勘違いして終わりなのかな、という感じですね。
2ちゃんねるの合意というのは当然なくていろんな意見があるわけなんですが、 それなりに2ちゃんねるに漬かっている私の意見としては次のような感じです。

・フラッシュの特典映像はやめなくてもいいんじゃないの?
こういうフラッシュ作品というものを世間様に認知してもらうには面白い機会ではなかったかとは思うわけです。
個人で面白いというだけで金も取らずに、こういうものを作って楽しんで配って誰かを楽しませている、そういう人がいるんだ、 というのは意外と知られていなかったりするわけです。世間というのはいわゆる企業人ばかりなのですね。これが。

・のまネコグッズの展開のやり方について
キャラグッズを売るのもまぁいいんじゃないかなぁ、ぐらいの感覚なんですけどね。
金儲けしてもらっても構わないと思います。
おそらく一番反発感を抱くのは商標登録したということ自体なんだと思います。
そのことがアスキーアート(AA)の制限をするという行為には及べないと思っていたしするつもりもないというのも理解はできます。
商標登録で海賊版に対抗という考え自体が、感覚が違うわけなんですね。
いってしまえば海賊版がよしんばでてもそれはそれとして受け入れなければいけないんです。
海賊版が出るとそこでせっかく自分が築いたキャラやグッズがスポイルされる、売れなくなるという予想をするのが普通だと思います。でも、 そういう考えをもつ自体が違うんです。誰か別の会社が同様のものを出してくる、 そういうことは当然で当たり前であるという感覚を持たないといけないんです。
値段しかり、販売ルートしかり、デザインしかり、そういうもので対抗するべきであって類似商品を類似であるから排除する、つまり独占をする、 それを法律の助けを借りて行うという考えがそもそも間違っているんです。
まっとうな企業人は、排除できるのが当然だと思うのが通常だと思います。
私自身も企業に勤める人間としてはそう思います。
でも、そこが2ちゃんねる文化との大きな相違で埋め様のない溝なんだと思うわけです。
2ちゃんねる住人としての私は、排除は間違っている、という感覚を一方で持ち合わせている訳です。
モナーやその他の類似AAキャラクター達はみんなコピーされ、改版され、またコピーされ、改版され、そして洗練され育ってきたからです。 それが誰のものでもないということなんです。
海賊版というのは、自分達が正当な持ち主であることの主張を持つ観点であるわけです。
そのこと自体が欺瞞である、という感覚を持ちます。
"海賊版"を作っているのもそれはある一つの会社だし、Avexも一つの会社に過ぎないのです。
つまりその意味では平等なんです。派生したものは誰でも平等にそれを使うことができる。それが根本にあるのです。 それを受け入れられないのならそもそも使ってはいけないのです。
ソフトウェアでいえばCopyleftという考え方が類似します。あるソフトが無償で配布されていたりします。 そこからは誰でもプログラムのソースコードを持っていって自由に改変して使っていい。実は売っても構わない。 しかしその改変したものを公開しないといけない。ネット上でソースコードを配布しないといけない。そして新たなソフトが生まれ、 育っていくという考えです。
買う人がいれば売ればいいし、メディア代などの実費をとる等は全く構わない。 ネット上で無償で配布しているのだから当然実費程度しか取れないのが自然になるわけでそこでどの程度"儲ける"かは自然と制限されるわけです。 例えばそのソフトの使い方をサポートをして金儲けしても良い。ソフトを売るのではなくサポートという労力に対して対価を取るのですから。

・まったく別物であり、という言葉
インスパイアされたとか、バックグラウンドとしてとか色々関連をする発言の一方で、 別物であり問題はないと考える自体が筋がとおっていないとしか見られないわけです。
いうなれば「思いつきで弁明している」としかとれない。それが一連の問題の大きな要因であったと思われます。
この文章もそうなのですが、言葉遣いや文脈が企業の出した言葉とは思えないような幼稚さが目に付くわけです。 それでは信用は得られないわけですから。
いつ前言撤回されるかわからない。Avexが管理するならともかくZenとかいう会社をでっちあげてそこに話を転嫁しようとする、 そういう姿勢も反感を買う要因となるわけです。

・わた氏のサイトからフラッシュ映像が削除されてしまったことについて
わた氏の作品であり、Avexに売ったのだから削除されるのは当たり前である、というのは正論なのかもしれません。 でもそれも反感を生んだのではないかなぁ、と思います。
実は私はその点が一番ひっかかっていたわけなんですね。
ある意味、わた氏の作品も2ちゃんねる文化の中の一つの派生であるに過ぎない、 それを独占するという行為自体に違和感を感じられるわけなんですね。
そこを押さえられてしまうことが、いずれ自分も押さえられてしまうのではないか、という感覚を感じてしまったのではないかと思います。
フラッシュがCDにつくようになっても依然としてフラッシュは公開されている、その状態に違和感をもつのか別に問題ないと思うのか、 そこが大きな違いなんだろうと思います。
ここで前例として電車男という作品があります。書籍化されるにあたって一番論議を生んだのは 「ネットで只でみれるものを本にして商売になるのか」ということだったそうです。
ところが結果はご存知のとおり大ベストセラーとなったわけです。無論ネットでみれなくなったわけではありません。

みんなが育てたものを売る自体は問題は特にはない、おこぼれを与るぐらいの気持ちであれば。
しかし、あたかも自分が作ったかのような傲慢な態度、そしてそれを独占しようという態度、それが根本的な問題だったのではないかと。

そんなところです。わざわざ考え方というタイトルをつけたぐらいであるし、彼らも2ちゃんねらーとの温度差を感じているのかなぁ、 という感じも受けます。
どっちが正しいとかそういうのではないのかもねぇ、2つの違った文化のぶつかり合いみたいなもんだったのかね、 という印象を受けたこの一連の話だったわけです。

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